わたしはかもめ2002年鴎の便り(9月)

便

9月2日

大阪近鉄2−3千葉ロッテ(大阪ドーム)

123456789R
千葉ロッテ0000210003
大阪近鉄0020000002
加藤
「ピンチを何とか切り抜けて、調子を上げていくことができた。前半飛ばしすぎて後半バテバテだった(笑)。近鉄戦は3勝してたんで、良い雰囲気でゲームに入っていけた。」

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小林雅、魔神に並んだ22連続SP[スポニチ]

熱い「コバヤシ!!」コールがシャワーのように降り注ぐ。左翼席のロッテファンに向け、小林雅は高々と右手を突き上げた。ついにあの魔神に並んだ。5月21日の日本ハム戦から続いたセーブポイントを22に伸ばし、リーグ新記録を樹立。そして横浜・佐々木(現マリナーズ)のプロ野球記録に肩を並べたのだ。

花束を手に上がったお立ち台。チーム関係者への感謝の思いを口にしながら「チームが勝ったのが1番。それにおまけがついた。佐々木さんに並んだのは結果であって、あの人の方がずっと素晴らしいストッパーですから」と話した。

だが、この日1点リードの9回に見せた渾身の9球は佐々木に負けない迫力だった。8月23日のダイエー戦以来10日ぶりの登板だったが、礒部を左飛、川口を空振り三振、そして大村を遊ゴロといとも簡単に3人で片づけた。重圧を楽しむかのようなその姿に山本監督も「記録が懸かっているのに平然と投げている。正直、こんなに簡単にいくとは思っていなかったんだよな」と舌を巻いたほどだ。

昨年は6連戦全ての試合にセーブを挙げるプロ野球新記録を打ち立てた。だが、記録に慢心することなく、体調管理に人一倍気を使って最高のコンディションを維持し続けた。昨年の8月31日に父・雅雄さんを51歳の若さで亡くしたが「これでいい報告ができますね」とこのときは最高の笑顔を見せた。この日で1点差ゲームを締めたのは実に12試合になる。「シーズン終了まで失敗しないで続けたい」。日本一の守護神は次回登板で挑戦するプロ野球新記録への確かな自信を口にした。

◇キラー加藤満足

先発・加藤が“近鉄キラー”ぶりを発揮した。この日まで打率.333と苦手にしている中村に1発を浴びたが、強気に内角を攻めて7回2/3を3安打2失点。これで今季8勝中4勝が近鉄戦とあって「3勝していたのでいい雰囲気で試合に入れた。前半飛ばしすぎて後半はバテたけど、自分のピッチングができた」と満足げだった。

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小林雅が魔神の持つ22試合連続SPの日本新に並ぶ[サンスポ]

プレッシャーを逆に楽しんだ。リードはわずか1点。9回からマウンドに上がった小林雅が、いてまえ打線を難なく牛耳り、偉業を達成だ。

小林雅
「8月31日がおやじの命日なので、いい報告ができると思います。佐々木さん?あの人の方が全然すごいですよ。」

球数はわずか9球。礒部を2球で左飛に仕留め、続く代打・川口はスライダーで空振り三振。最後の大村は遊ゴロに料理した。横浜・佐々木(現マリナーズ)が持つ22試合連続SPのプロ野球記録にあっさり並んだ。強心臓男にはブランクも関係なかった。チームの連敗の影響で登板は8月23日以来。小野投手コーチは驚き顔で「絶対の信用の中でここまでやってきた。すごいヤツだよ」と絶賛した。

毎日が重圧との闘い。だが、それこそがパワーの源だ。「勝ちゲームに投げられる。楽しいじゃないですか。シーズン終了まで失敗せずに続けていきたいですね」。怖いもの知らずの28歳。この男を見るだけでも、球場に足を運ぶ価値はある。

小林雅英(こばやし・まさひで)
1974年(昭和49年)5月24日、山梨・大月市生まれ、28歳。都留高時代は1年からエースとして活躍。日体大、東京ガスを経て、99年ロッテを逆指名してD1位で入団。2年目のシーズン途中から抑え専門となり、33セーブを挙げた昨年は12試合連続セーブのパ・リーグ新記録も樹立。今季は31試合に登板、2勝1敗26セーブ、防御率1.13。1メートル82、78キロ。右投げ右打ち。
山本監督
「今日はシコースキーが万全だったので、9回だけ行ってもらうつもりだった。記録がかかっていたのに平然と投げていた。正直、簡単にいくとは思わなかったんだけど。」

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