オリックスが連敗を2で止めた。1−1の6回に糸井のソロと代打原の適時打、暴投で3点を勝ち越した。西が2勝目、平野が通算100セーブ。ロッテは1点を追う7〜9回、いずれも得点圏に走者を進めたが追い付けなかった。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | |
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オリックス | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 0 | 0 | 0 | 4 |
千葉ロッテ | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 3 |
OL風スーツで豪快にスイングした自動車のCMが「神スイング」として話題となったタレント稲村亜美(20)が始打式を行い、ロッテ涌井と対決した。ファウルは1球あったが、1−2から93キロ直球に空振り三振。
始球式では103キロでストライクを投げ拍手と歓声を浴びた。「何とか投げる方で取り返そうと必死でした。自己最速が出て嬉しいです」。
OL風スーツで豪快にスイングした自動車のCMが「神スイング」として話題となったタレント稲村亜美(20)が、始球式の前に始打式を行い、涌井秀章投手(29)と対決した。
投球は5球。ファウルが1球あったが、1−2から93キロのストレートを空振り三振に倒れた。
始球式では103キロでストライクを投げ拍手と歓声を浴びた。
「打てなかったので、何とか投げる方で取り返そうと必死でした。103キロという自己最速が出て嬉しいです。涌井選手、二木選手と2人の方にキャッチボールをしていただき、いい感じで肩が仕上がりました。本当に感謝です。あとスタンリッジ選手にマウンドから『頑張って!』と声をかけていただき、本当に嬉しかったです。涌井選手の球?最多勝投手のボールはいくら打ちやすいように投げてくれていても打てなかったです。すごいキレでした」。
追い上げ及ばず1点差負け。23日に肝臓がんのため死去した元監督、山本功児氏(享年64)の霊前に白星を届けることはできなかった。この日は試合前に両軍で黙祷をささげ、球場内の旗は全て半旗とした。また、首脳陣、選手は喪章つけて試合に臨んだ。決意を胸に指揮した伊東監督も「粘りはみせたけど、あと1本が出なかった。明後日(26日)から出直します」と言葉少なだった。
ロッテ・井上晴哉内野手(26)が、オリックス5回戦(QVCマリン)の試合後、打撃不振による2軍での再調整を命じられた。今季は開幕1軍を果たしたが、打率.208まで下げていた。
“アジャパイネ”ことロッテ・井上晴哉内野手(26)が24日、オリックス5回戦(QVCマリン)の試合後、首脳陣から2軍落ちを命じられた。打撃不振による再調整となる。
同選手は今季、2年ぶりとなる開幕1軍を果たし、3月25日の開幕、日本ハム戦(QVCマリン)では大谷撃ちの二塁打を放つなど、勝負強い打撃と長打力を発揮していたが、最近は調子が急降下(打率.208)。この日は「9番・一塁」で起用されたが、2打数無安打で途中交代を命じられていた。
伊東監督は「残念ですけど、(2軍へ)修業に出します」と語り、井上自身も「また(1軍再昇格の)チャンスは来ると思うので、しっかりがんばってきます」と冷静に現実を受け止めていた。
ロッテのスタンリッジは日本球界9年目で通算1000投球回に到達した。3球団に所属しての記録で「日本でこの数字を達成できたのは、素直に嬉しい。日々の積み重ねで、毎年しっかり投球できた証し」と胸を張った。
ただ、肝心の投球は安定感を欠き、6回4失点で3敗目を喫した。5回と6回は四球がいずれも失点につながり「自分自身がしっかりした投球ができなかった。相手にやられた感じではなく、自分のミス」と反省しきりだった。
ロッテは、23日に肝臓がんのため死去した山本功児氏(享年64)を追悼し、24日のオリックス5回戦(QVCマリン)の試合前に黙祷を捧げ、球場内の旗を全て半旗とした。また、首脳陣、選手は喪章をつけて試合に臨んだ。
山本氏は巨人、ロッテで一塁手、外野手として活躍。1999〜2003年にはロッテで監督を務めた。当時の教え子だった福浦、サブローはいまなお現役で、堀打撃コーチ、小林投手コーチは1軍で選手の指導に当たっている。
ロッテは打線が8安打を放つも11残塁で競り負けた。
デビュー2戦目のナバーロは3−4の7回2死二、三塁で空振り三振に倒れ「まだ100%じゃない。もっと調子を上げたい」。伊東監督は「粘りは見せたけど、あと1本が出なかった」と悔しがった。23日に死去した元ロッテ監督の山本功児氏を追悼して、試合前には黙祷を行い、半旗を掲げ喪章を着けて臨んだが、連勝はならなかった。また、2打数無安打で打率.208の井上が25日に2軍落ちし、代わりに根元が昇格する見込みだ。
ロッテはオリックスに逆転負けし、首位・ソフトバンクとの差が1ゲームに開いた。
先発・スタンリッジは1−1の5回に糸井に勝ち越しの右越えソロを浴び、さらに四球と暴投が絡んで2点を追加された。6回4失点の右腕は「相手にやられた感じではなく自分のミス」と反省。それでも、史上343人目の1000投球回を達成し、「日本でこの数字を達成できたのは素直に嬉しい。日々の積み重ねで毎年しっかり投球できた証。これからも、チームのために1イニングでも長く投げていきたいね」と決意を新たにしていた。
ロッテのジェイソン・スタンリッジ投手(37)が24日、オリックス戦(QVCマリン)の1回に1000投球回を達成した。史上343人目。花束を受け取り、スタンドの「ジェイソンコール」に応えた。
ロッテは24日、肝臓がんのため23日に64歳で亡くなった元ロッテ監督の山本功児氏を追悼し、オリックス5回戦(QVCマリン)の試合前に黙祷を行い、球場に半旗を掲げた。
試合前にはロッテの応援席から「山本マリーンズ」コールが起こった。また、ユニホームの左袖には喪章をつけて戦った。
ロッテのスタンリッジ投手(37)が通算1000投球回を達成も、6回4失点で今季3敗目を喫した。
6回無死から糸井に勝ち越しソロを浴びると、暴投も絡んで自滅。「(1000投球回は)日々の積み重ねで、毎年しっかり投球できていた証し。今日は四球2つを失点につなげてしまった。相手にやられた感じではなく、自分のミス」と複雑な表情を浮かべていた。
ロッテは、23日に死去した元ロッテ監督の山本功児さんを悼み、オリックス戦(QVC)の試合前に1分間の黙祷をささげた。
球場内では半旗を掲げ、ロッテナインは左袖に喪章を付けてプレー。右翼スタンドの応援団が「山本マリーンズ」と声を張り上げ、元指揮官の死を惜しむ場面もあった。
ロッテは24日、元監督で23日に亡くなった山本功児さんを悼み、オリックス戦(QVC)の試合前に1分間の黙祷をささげた。
山本さんは84年に巨人からロッテに移籍。1999年から5年間、ロッテ監督を務め、千葉マリン(現QVC)でタクトを振った。黙祷後は、右翼スタンドの応援団が「山本マリーンズ」と声を張り上げ、山本さんの死を惜しんでいた。
「神スイング」で知られるタレントの稲村亜美が「始打式」と「始球式」の二刀流で登場。
始打式はロッテ・涌井の前に空振り三振に倒れたが、始球式では自己最速の103キロをマーク。「打てなかったので、投げる方で取り返そうと必死でした。嬉しい」と笑顔を見せた。これまでの自己最速は98キロだった。
試合前、23日に死去した元監督の山本功児氏を悼み、両軍ベンチ、ファンが1分間の黙とうをささげた。
ロッテは必勝を期し、1点を追う9回も2死三塁と攻め込んだが、最後は角中が凡退。スタンドを埋めたファンの声援に応えられず、伊東監督は「粘りは感じたんだが。サヨナラになればお客さんも喜んでくれたのになあ」と悔しがっていた。
神スイングで知られるタレントの稲村亜美が「始打式」と「始球式」の二刀流でマリンフェスタのイベントを盛り上げた。
「始打式」では涌井−吉田のバッテリーと対戦。1−2からの93キロの5球目を空振り三振した。これで終わらないのが稲村さんのすごさ。「打てなかったので、何とか投げる方で取り返そうと必死でした」と話したように、始球式では自己最速の103キロを出した。
「自己最速が出て嬉しいです。涌井選手、二木選手と2人の方にキャッチボールをしていただき、いい感じで肩が仕上がりました。本当に感謝です」と笑った。
ロッテの先発・スタンリッジからは『頑張って!』と声をかけられたそうで、「本当に嬉しかったです。涌井選手の球?最多勝投手のボールはいくら打ちやすいように投げてくれていても打てなかったです。凄いキレでした」と感想を話していた。ちなみに稲村の過去の始球式の最速98キロ。