2回裏に里崎の適時打で先制したマリーンズ。先発セラフィニ、2番手山崎とジャイアンツ打線をノーヒットに封じる好投を見せたが、5回に3番手・高木が5点を失い逆転。その裏、堀の適時打で1点を返すものの、7回には神田が3点を追加され、結局、2−8で敗れた。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | |
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韓国ロッテ | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 8 |
千葉ロッテ | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 |
韓国ロッテ | 千葉ロッテ | |||||||||||||
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打順 | 守備 | 名前 | 打 | 安 | 点 | 振 | 盗 | 守備 | 名前 | 打 | 安 | 点 | 振 | 盗 |
1 | 中 | ジュン・スグン | 4 | 1 | 3 | 0 | 0 | 遊 | 小坂 | 3 | 1 | 0 | 1 | 2 |
投 | ノ・ジャンジン | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 遊 | 田中雅 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | |
2 | 二 | シン・ミョンチョル | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 三 | フランコ | 2 | 0 | 0 | 1 | 0 |
3 | 左 | ライアン | 4 | 1 | 0 | 0 | 0 | 一 | 福浦 | 4 | 0 | 0 | 2 | 0 |
4 | 一 | イ・デホ | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 左 | イ・スンヨプ | 2 | 1 | 0 | 0 | 2 |
一 | キム・スンガン | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 左 | 竹原 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | |
5 | 捕 | チェ・ジュンソク | 3 | 1 | 2 | 1 | 0 | 中 | ベニー | 4 | 0 | 0 | 2 | 0 |
捕 | カン・ミンホ | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | ||||||||
6 | 右 | ソン・インホ | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 右 | パスクチ | 3 | 0 | 0 | 1 | 0 |
中 | イ・グソン | 2 | 0 | 0 | 1 | 0 | ||||||||
7 | 指右 | パク・ヨンス | 4 | 2 | 2 | 0 | 0 | 指 | 初芝 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 |
打指 | 大松 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | ||||||||
8 | 三 | パク・ヒョンソン | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 捕 | 里崎 | 3 | 1 | 1 | 0 | 0 |
三 | パク・ジンファン | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 捕 | 橋本 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | |
9 | 遊 | イ・ウンソク | 2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 二 | 堀 | 4 | 1 | 1 | 0 | 0 |
遊 | パク・イヒョク | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 |
韓国ロッテ | 千葉ロッテ | ||||||||||
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名前 | 回 | 打 | 安 | 失 | 責 | 名前 | 回 | 打 | 安 | 失 | 責 |
ソン・ミンハン | 3 | 14 | 3 | 1 | 1 | セラフィニ | 2 | 7 | 0 | 0 | 0 |
チェ・デソン | 2 | 10 | 1 | 1 | 0 | 山ア | 1 | 3 | 0 | 0 | 0 |
イ・ジョンフン | 1 | 3 | 0 | 0 | 0 | 高木 | 2 | 11 | 4 | 5 | 5 |
イ・ミョンウ | 1 | 3 | 0 | 0 | 0 | 神田 | 2 | 9 | 2 | 3 | 3 |
イ・ワンギ | 1 | 3 | 0 | 0 | 0 | 薮田 | 1 | 3 | 0 | 0 | 0 |
ノ・ジャンジン | 1 | 4 | 1 | 0 | 0 | 小林雅 | 1 | 3 | 0 | 0 | 0 |
小坂誠内野手が韓国ロッテとの練習試合の7回に頭部死球を受け、鹿児島市内の病院で右側頭部打撲と診断された。27日の練習参加は様子を見て決める。
バレンタイン監督は26日、韓国ロッテとの新潟県中越地震・災害復興支援チャリティー試合に2−8と大敗し「このキャンプは雨ばかりで、外であまり練習ができなかった。とにかく試合をこなしていくことが重要」と、苛立ちを隠せなかった。相手は4年連続最下位のチーム。4000人の観客が訪れたが、その期待に応えられず。「勝敗は重要ではない」と繰り返した。
小坂誠内野手が韓国ロッテとの練習試合で頭部に死球を受け、鹿児島市内の病院で検査を受けた結果、右側頭部打撲と診断された。27日の練習は様子を見て決める予定。
ロッテの選手が韓国ロッテとの練習試合で募金約51万円を集めた。28日にバレンタイン監督らが日本赤十字社・鹿児島支社を訪問し、同社を通じて新潟県中越地震の被災地へ送られる。
ロッテは26日、兄弟球団にあたる韓国ロッテと今季初の対外試合を行い、2−8で敗れた。韓国で4年連続最下位のチームに、まさかの黒星スタートとなった。
投打とも仕上がり途上ということは明白だった。4回、高木が2四球4安打で5点を失うと、7回には神田が2四死球から3点を献上。バレンタイン監督は「他の投手に比べ、2人は制球が悪かった」と嘆いた。攻撃陣も5安打に終わった。豪州と北九州で充実のキャンプを送ってきた韓国ロッテに対して、鹿児島は悪天候続き。晴れても気温10度前後の日ばかりで、真の実力はともかく、両軍の調整度がスコアに反映された。
一方で収穫もあった。8回を薮田が3者連続三振に抑え、9回は小林雅が最速145キロで3人をピシャリ。「勝利の方程式」が早々と確立された。昨年66試合に登板した鉄腕・薮田は「全球種を投げられたし、順調です」。昨季の序盤は不振に苦しんだ小林雅も「この時期に145キロは上々。もう少し投げたかったね」と話した。
チャリティーマッチとはいえ“弟”相手によもやの敗戦。4000人の観衆も溜息に包まれた。バレンタイン監督は「ファンの数を見れば、成功とはいえない。がっかりした」と集客力にもダメ出し。初戦でつまずいたロッテは、27日の第2戦(薩摩川内)で巻き返しを図る。
ロッテ球団と「コアラのマーチ」が合体した。このほど、本社では千葉ロッテマリーンズ限定コアラのマーチを販売。ロッテのユニホームを着たコアラ「チャンスくん」が新キャラクターとなる。お菓子のほか、タオルやマグカップなど応援グッズも発売する。26日は韓国ロッテと親善試合が行われたが、試合前にコアラのキャラクターがバレンタイン監督を表敬訪問。メッセージボードを渡してスタンドを盛り上げた。バレンタイン監督も「これは美味しいですね」とコアラのマーチをほおばっていた。
自宅から住宅街を抜け、防砂林を越えると、太平洋の荒波が打ち寄せる広大な砂浜が広がっていた。波打ち際まで50メートル以上、南北に4キロ近く続く。少年野球チームに所属していた小学生の頃、小坂はその砂浜でランニングやダッシュを繰り返した。砂に小さな足を取られながらも、汗だくになって友だちと走り抜けた。
山元町生まれ。陸上選手だった母陽子(57)の血を受け継ぎ、足は速かった。少年野球チームでは短距離走で1、2を争い、中学では50メートルを6秒台で走った。「あいつを一塁に出せば、三塁打になる」。相手チームに恐れられ、「生涯野球がやりたい」と思った。だが、体格だけはどうにもならなかった。
「体が小さい分、足の速さやグラブさばきで補わないといけない」。全体練習を終えた後も壁を相手にゴロ取りの練習をし、朝夕はあの砂浜を走った。「他人より多く練習することで不安を払拭しているようにも見えた」と中学の同級生、渡辺俊弘(31)は振り返る。
柴田高、JR東日本東北と舞台は変わっても姿勢は変わらなかった。ほかの選手に隠れ、球場利用時間ぎりぎりまで練習し、1人、汗だくのままバスに乗り込むことも。「多くは語ろうとしないが、芯が強かった」と、小坂を柴田高からチームに誘ったJR東日本東北監督・内海利彦(53)は話す。
身長167センチ。プロの野球選手としてはかなり小柄だ。それだけに、1996年のドラフト(新人選択)会議でロッテに5位指名された時は驚いた。
会社の研修先のハワイから帰国すると、すぐに、「スーツに着替えろ。会社に顔を出せ」と声をかけられた。「プロ入り」が頭になかった小坂は、しばらく事態が理解できず、祝福する上司に向かって「急に『おめでとう』なんてどうしたんですか」と問いかけたほどだ。
プロでは1年目から活躍した。
新人選手ながら選出された97年7月23日の大阪ドームでのオールスター第1戦。周囲には大物選手ばかり。スタンドは満員の観客でわき上がる。先頭打者が安打で出塁した8回、突然、代走が告げられた。捕手は強肩でならす横浜ベイスターズ(当時)の谷繁元信。「先の塁を狙っただけ」。新人とは思えない冷静で機敏な動きで、あっさりと二塁を奪った。
俊足、好守のイメージが定着し、新人王も獲得した。
毎年、自主トレは故郷の砂浜でスタートを切る。日の出がきれいな場所としても知られる。小坂は、徐々に明るくなる空を眺めながら、歩んできた道を振り返り、初心に帰る。
今年は例年以上に特別な気持ちで砂浜に立った。けがで昨シーズンが不本意に終わったからだけではない。新しい人生が待ちかまえているからだ。元日、砂浜近くの多目的施設「笠野学堂」で地元後援会のメンバーに「自分らしいプレーでベストを尽くすだけ」と決意を語り、その足で町役場へ行き、婚姻届を出した。
「町を挙げて後押ししたい」と後援会会長を務める町長の森久一。故郷をこよなく愛する小さな大選手に地元の眼差しも温かい。
「最高のプレーをもう1度、宮城で見せたい」。声援を胸に、小坂は復活を誓う。