わたしはかもめ2006年鴎の便り(5月)

便

5月17日

横浜4−5千葉ロッテ(横浜)

ロッテの3年目成瀬が7回途中3失点で、プロ入り初登板初先発初勝利。チームも今季2度目の5連勝で2位浮上、貯金は今季最多タイの4となった。ロッテは1回、フランコの適時二塁打で先制すると、2回に1点、3回にはルーキー根元のプロ初打点となる適時打、4回にも大松のソロなどで加点した。7回1点差に迫られるものの、最後は小林雅が抑え14セーブ目をマーク。横浜は先発・ベバリンが5失点で4回途中に降板したのが響いた。打線は7回に4点を返し1点差に詰め寄るも連敗で、借金は今季最多の14に膨らんだ。

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千葉ロッテ1112000005
横浜0000004004
西岡
「久し振りの先発。しばらく休んで、ファンの人達にも心配をおかけしていたので、元気な姿を見せることが良かったです。」(12日以来のスタメンで4回表に適時二塁打)
フランコ
「今日(17日)は若い成瀬が先発だし、早い回から得点を挙げることで気持ちを楽にしてあげたかった。」(1回表に先制の適時二塁打)

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ロッテ新鋭左腕・頼りに成瀬…20歳の若武者誕生[夕刊フジ]

◇監督絶賛「将来、1軍のプランに入ってくる」

常勝軍団を築きたいロッテ・バレンタイン監督に救世主の到来だ。17日の横浜戦で、プロ初登板初勝利を飾った新鋭左腕の成瀬に称賛の嵐だ。

バレンタイン監督
「プロ初登板、雨天、敵地という状況で、ホントにいい投球だった。」

不調のバーンが2軍落ち。ローテの谷間でのマウンド。MAXこそ142キロ。が、内角の制球力と右打者への外角チェンジアップで横浜打線を封印。7回途中でガス切れしたが、5安打3失点6奪三振。「ようやくボクの番が来たと思った。何でこんなにうまい具合にいったのかって感じです」と笑顔が満開だ。

制球力の原動力は下半身の強さ。横浜高時代、左翼−右翼のポール際で打球を追いかけて疾走する名物のアメリカンノック。大先輩の西武・松坂らの強靭な下半身を培った猛練習のたまものだ。

横浜高3年時に左肩痛に襲われた。周囲は大学進学を勧めたが、「肩は消耗品。だからプロに行く」。足しげくスカウトが通ってくれたロッテ入りを決めた。これがロッテを救う決断となりそうなのだ。

12球団屈指といわれる投手陣だが、先発陣では清水30歳、渡辺俊30歳、小野30歳、小林宏27歳、久保25歳。リリーフ陣も薮田32歳、藤田33歳、小林雅31歳。新旧交代の時期は数年先に迫る。それだけに弱冠20歳の新鋭左腕の出現は頼もしい。

「将来、1軍のプランに入ってくる投手だ」と、バレンタイン監督の顔も緩みっぱなしだ。

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ロッテ成瀬が初登板初先発で勝利[ニッカン]

ロッテの3年目左腕、成瀬善久投手(20)が見事、プロ初登板を白星デビューで飾った。横浜相手に6回まで無失点。7回につかまり降板したが、センバツ準Vの実績を地元横浜で発揮した。横浜を5−4で下したロッテは5連勝。ついに首位西武に0.5ゲーム差に迫った。ちょうどこの日は、成瀬が横浜高時代に03年センバツ決勝(広陵戦)で投げ合った、巨人西村健太朗投手(21)も3勝目を挙げた。

3年前の悔しさが喜びに代わる。9回裏2死。ロッテの守護神、小林雅が石井琢を打ち取ると、三塁側ベンチの成瀬がナインの祝福の渦に引き込まれる。初登板初先発での初勝利。ドラフト制後、チームでは23年ぶりとなる快挙に照れながらも、自然と笑みがこぼれる。思い出の地で遂げた、再スタートだった。

先発を通達されたのは2日前の15日だった。「やっと自分の番がきたと思った」。スタンドに親類20人ほどを呼ぶ自信があった。1回裏には2死から連打され二、三塁。だが13本塁打の村田を、外角140キロ直球で見逃し三振に仕留めた。7回途中まで3失点。持ち前の制球にスピードが加わったことを証明した。

横浜高時代、03年のセンバツでは準優勝投手となったが、直後の夏は涙をのむ。同じ横浜スタジアムでの神奈川県大会決勝(同年7月30日)では横浜商大に敗れた。左肩痛に苦しんでいた。そこで決意したのはプロ入りだった。「肩は消耗品だから、1年でも早くプロに行きたい」と、進学を勧める周囲に自ら言った。

ドラフト前に手術し、翌04年1月の合同自主トレまでは練習も出来なかった。初めての投球練習は同年6月。だが今春のキャンプでは体重が1、2キロ増え、「好き」という筋力トレで上半身が大きくなった。昨年まで130キロ台後半の直球が、144キロまで伸びた。今季2軍で6戦を投げ3勝1敗、防御率1.30。時を待った。

配慮もあった。あの県大会決勝以来の懐かしいマウンドに立ち「なんでこんなにうまい具合に行くんだと思いました」と話す。バレンタイン監督は「ここでプレーしていたことも知っているし、ここなら落ち着いて出来ると思う」との狙い通りだった。

止まっていた時計が、同じ横浜で動き始めた。指揮官は「これから1軍のプランに入ってくる投手。今日という日に立ち会えたのは、あらためて楽しめた」と、先発ローテーションに組み込む可能性を示唆した。チームは5連敗の後の5連勝。新しいスターが、快進撃を支える。

成瀬善久(なるせ・よしひさ)
1985年(昭60)10月13日、栃木県生まれ。桑中では3年夏に全国大会3位、横浜では3年春にセンバツ準V。03年ドラフト6位でロッテ入団。今季推定年俸480万円。180センチ、75キロ。左投げ左打ち。

◇日本人23年ぶり

成瀬が初登板初先発で勝利。ロッテの投手が初登板初先発で勝ったのは、97年のフィアリー以来。外国人投手を除くと、ドラヅト制後は72年倉持明、77年仁科時成、83年石川賢に次いで球団23年ぶりになる。

◇関東大会敗退母校の分も頑張った

成瀬の晴れ舞台に周囲も手に汗握った。横浜高校野球部の小倉部長が球場に到着したのは、降板した直後の7回裏だった。「電話で『応援に来てください』と言われていたんだけど『関東大会中だから無理だ』って言ったんだ」というが、敗戦し駆けつけた。「(高3の)引退した後、ウチから学校に通ってたんですよ。(実家は)栃木だったからね」。偶然にも関東大会は栃木で行われていた。

同校の1年後輩、西武涌井は遠征先の広島でテレビにかじり付いていた。「自分が1年の秋ぐらいから、寮の同じ部屋だった。練習でもフィールディングとか、よく見ていてくれてアドバイスしてもらいました」と懐かしむ。3年の成瀬が県大会決勝で序盤に降板した時、リリーフしたのは涌井だった。「代わるとき『頼むぞ』と言われたのを覚えています。成瀬さんぐらいのコントロールを付けたいと思っています」。成瀬のスタートが、また新たなドラマにつながっていく。

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成瀬、初先発初勝利…高校時代負けて終わった横浜球場で4年越しの笑顔[報知]

激しい雨の中でも、成瀬はチャンスを逃さなかった。プロ3年目で巡ってきた1軍初登板、初先発。左腕は3回まで直球とスライダー主体で2安打無失点、6奪三振の好投を見せた。4回からカーブで打者の目先を変え、6回まで無失点で切り抜けた。7回、3安打に古木の犠飛で1点を失い降板したが、リリーフ陣がリードを守りきり、待望のプロ初勝利だ。

「最高です!」横浜球場で、4年越しの笑顔がはじけた。横浜高3年時の03年夏、甲子園を目指す神奈川大会決勝、対横浜商大高戦で敗退した。連投で左肩痛が限界に達したエースは初回、3安打2失点で降板。同年春のセンバツ準V校は、甲子園に行けなかった。「この球場では負けて終わりだったので、何とか勝ちたかった」。両親はじめ親類約20人、地元の友人らが応援する中でリベンジを果たした。センバツ決勝で敗れた広陵高の西村(現巨人)もこの日、3勝目。「ちょっとは気になっていた」と対抗意識を燃やしていた。

ファームで結果を出しての1軍抜擢。バレンタイン監督は「成瀬はこれからチームプランに入ってくる」と、今後も先発で使う方針。推定年俸480万円の20歳が推定1億円のバーンを押しのけてローテ入り。また1つ、新たなボビー・マジックが生まれた。

成瀬善久(なるせ・よしひさ)
1985年10月13日、栃木県生まれ。20歳。横浜高3年春にセンバツ出場し、1学年下の涌井(西武)と共に決勝に進んだが、巨人・西村擁する広陵(広島)に敗れ準優勝。同年夏は神奈川大会決勝で横浜商大高に敗れ、甲子園出場ならず。2003年ドラフト6巡目でロッテに入団。今季、56奪三振はイースタントップ(17日現在)。推定年俸480万円。180センチ、75キロ。左投左打。独身。

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今年も強い!ロッテ・成瀬、初勝利!ボビー魔術で5連勝[サンスポ]

ハマスタに『ロッテの1番星』が光り輝いた。横浜高出身の3年目左腕・成瀬がプロ初登板を初先発初勝利で飾り、お立ち台に現れた。

「最高!両親の前で孝行ができたし“やったぞ”の気分です」。ゆったりとしたフォームで、7回途中まで3失点。140キロ台の真っすぐにチェンジアップ、スライダーを交えた投球で、ゲームを作った。

かつての悔し涙を、嬉しい笑顔に変えた。横浜高3年夏の県大会決勝。成瀬はこのハマスタで横浜商大高の前に涙をのんだ。「これも何かの巡り合わせですかね」。04年にドラフト6巡目で入団。入団前に左肩を痛めてデビューは遅れたが、じっくり体をつくったことで、130キロ台だった真っすぐがMAX144キロに。その間に覚えたチェンジアップも投球の幅を広くした。

その力を試合で発揮し、今季はイースタン・リーグで3勝1敗。防御率1.30で3〜4月の2軍月間MVPに輝いた。「将来チームプランに入ってくる選手」と、以前から高く評価していたバレンタイン監督が、大抜擢するのも当然だった。

若き左腕の力投でチームは5連勝。交流戦に強いロッテは今年も健在だ。成瀬の生まれ故郷・栃木から駆けつけた親族も大喜びしていたが「持てる力を出してくれた。いい内容だった」と、ボビーは両親以上に孝行息子をほめていた。

成瀬善久(なるせ・よしひさ)
1985(昭和60)年10月13日、栃木県生まれ、20歳。横浜高3年時の春のセンバツに出場し、準優勝に貢献。04年ドラフト6巡目でロッテ入団。過去2年、1軍登板なし。今季2軍で6試合に登板し、3勝1敗0S、防御率1.30。2軍での通算成績は、45試合、8勝7敗0S、防御率3.70(17日現在)。1メートル80、75キロ。左投げ左打ち。独身。年俸480万円。背番号60。
橋本
「(ボールが)低めにコントロールされていた。途中から使い出したカーブで目先を変えられた。」(成瀬について)
大松
「直球1本を狙って、イチ、ニのサンで打ちました。」(4月21日以来の5号ソロ)

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成瀬、プロ初登板初先発で初勝利 [スポニチ]

涌井よ、見ていたか−。ロッテの3年目左腕、成瀬善久投手(20)が17日、横浜戦でプロ初登板初先発して初勝利。球団史上23年ぶりとなる快挙でチームの5連勝に貢献した。横浜高時代は西武・涌井の1年先輩だった成瀬がプロ第1歩を踏み出した。

無数のフラッシュ、そしてバレンタイン監督との握手。プロ初登板で初先発、そして初勝利した成瀬の緊張した表情は、指揮官から4度右胸を叩かれてようやく緩んだ。

「最高です。一昨日先発を言われて、やっと自分の出番が来たと思いました。高校時代はここで負けたので、勝てて良かったです」。横浜高3年夏の神奈川大会。決勝戦で敗れて以来となる1022日ぶりの横浜スタジアム。初回から飛ばした。先頭の石井をスライダーで空振り三振に斬ると3回までに6奪三振。直球は140キロ前後。高校の大先輩、松坂のような剛球はなくとも抜群の制球力があった。プロ入り後に習得したチェンジアップで緩急を使って6回2/3を5安打3失点。初マウンドでなくても合格点の内容だった。

03年センバツ準優勝腕もここまで順風満帆ではなかった。痛めていた左肩は03年ドラフト直前に手術。1年目のキャンプは歩いてばかり。本格投球は6月になってからだった。後輩の涌井は1年目から1軍デビューも焦らず、体づくりに励んだ。今年の正月、実家の栃木に里帰り中もひたすら走り込んだ。今季イースタンで3勝1敗、防御率1.30の好投でつかんだチャンスを逃さなかった。くしくもこの日、センバツ決勝で投げ合った巨人・西村もソフトバンク戦で3勝目を挙げた。「アイツはすごい投手。意識しないようにしていましたけれどもね」と笑うが、ライバル心は強い。

「将来チームプランに入ってくる投手だと思っていたが、今日がその最初の日になった」と指揮官は成瀬を絶賛した。チームは5連勝。西武と0.5差の2位タイに浮上したロッテの勢いは止まらない。

◇新人・根元、初打点

成瀬の好投に若手野手陣が応えた。3回無死三塁ではルーキー根元が左前適時打でプロ初打点をマーク。「ファームで一緒にやっていた仲間ですからね。後ろで守っていて安心できた。成瀬の時に打点を挙げることができて嬉しい」と笑顔。4回に右翼席へ5号ソロを放った大松も「緊張する気持ちはよく分かる。早い回に点を奪って楽に投げさせたかった」と話していた。

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3年目成瀬がプロ初登板初勝利[ニッカン]

ロッテの3年目左腕、成瀬善久が先発でプロ初登板し、7回途中3失点(自責2)でプロ初勝利を手にした。横浜高出身でスタンドには両親をはじめ、関係者も数多く陣取っていたという。横浜スタジアムは高校時代にもマウンドを踏んだ思い出深い球場。ヒーローインタビューでは「最高です。初めて(1軍で)投げて、親孝行ができて良かった」と笑顔を見せた。

03年のドラフト6巡目で入団。今季イースタン・リーグで3勝1敗、防御率1.30の好成績をマークし1軍に昇格していた。先発が伝えられたのは15日で「やっと自分の番が来た」。20歳の新戦力の好投でチームは5連勝。首位西武に0.5ゲーム差に迫る2位タイに浮上した。

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バレンタイン監督、セPO議論に不満

セ・リーグが来季からのポストシーズン導入に関し、試合数とリーグ勝敗規定でパ・リーグと意見が分かれ議論が停滞している中、ロッテのボビー・バレンタイン監督(56)がセ側の声に不満を漏らした。17日、横浜2回戦(横浜)の試合前、「セがプレーオフ導入を見送るようなことを言っているのは、残念な気持ちでいっぱいです。ファンは楽しみに思っている。プレーオフの形ではなく、することが大事なこと」と話した。さらには「今のリーダーが決められないなら、新しいリーダーをそろえるべきだと思う」と語気を強めていた。

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