わたしはかもめ2007年鴎の便り(9月)

便

9月14日

福浦3割よりV

福浦が逆転優勝へフォア・ザ・チームを強調した。今季は7年連続打率3割を狙ったが、開幕直後に右脇腹を痛めて戦線離脱するなど不振を極めた。現在、打率は2割6分2厘で「3割はもう無理。(個人成績よりも)今はチームの勝利と優勝だけ」。自力Vの可能性は消滅も、15日オリックス戦(京セラドーム大阪)からの10連戦で望みをつなぐ白星を積み重ねる。

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ロッテ背水、3位じゃ「赤字」発生[スポニチ]

ロッテは、15日のオリックス戦(京セラドーム)に登板する久保が大逆転へ口火を切る。チームは13日に自力優勝が消滅したが、球団側はリーグ2位以上での進出を見込んだクライマックスシリーズのホーム開催チケットを作製中。すでに校正に入り、20日には印刷へ回す段階だという。3位が確定した場合は、予約者に返金した上に印刷代など製作費が赤字となる。球団の期待も背負いつつ、久保は「このカードは3連勝しなくては。初戦なので落とせない」と必勝を期した。

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戦力外通告は通告時期を2段階に分け試験的に実施[サンスポ]

NPB(日本プロ野球組織)と日本プロ野球選手会の担当者が14日、戦力外通告の12球団一斉実施について協議。早くシーズンを終える2軍選手と、クライマックス・シリーズ、日本シリーズまで出場する1軍選手とで通告時期を2段階に分け試験的に実施する方針を確認した。NPBは10月1日の実行委員会で詳細を決める。

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容認前提の意見目立つ…高野連・特待生問題有識者会議[サンスポ]

日本高野連が特待制度問題について意見を求める「特待生問題有識者会議」の第4回会合が14日、都内で開かれ、各校が制度を適用する条件や人数を公表するなど、透明性を求める意見が出された。堀田力座長(さわやか福祉財団理事長)は「条件がOKであれば(制度を)認める前提の意見が多かった」と話した。今月21日の第5回会合では、一般から公募した特待制度問題に関するアンケートの結果が公表され、具体的なテーマに沿った議論が行われる。最終となる10月11日の第6回会合で提言書が高野連側に渡される予定。

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元阪急戦士、高木晃次投手[朝日新聞・千葉]

千葉ロッテマリーンズには阪急ブレーブス出身選手がいる。高木晃次投手(39)。86年のドラフトで阪急に1位入団。プロ1年目の87年10月18日、西宮球場での南海26回戦でプロ初登板初先発を果たしている。勝ち星こそつかなかったが、当時、つわものぞろいの両軍にあって、高校を卒業したばかりのルーキーは異彩を放っていた。

「すごく緊張したのを覚えている。無我夢中で投げた。チームには福本豊さん、ブーマーとそうそうたるメンバーがいたからね。相手の南海には門田博光さんがいた。あの人を打席に迎えた時は手が震えた。1打席だけの対戦だったけど、浅い内野フライに打ち取ったのは今でも鮮明に覚えている」。

4回3分の2を投げて被安打4、2四球、1失点。勝ち負けはつかなかったが、確かな手応えを感じてプロでの第一歩を踏み出した。

それから月日は流れた。高木は阪急が89年、オリックスに身売りされた後もオリックスでプレー。その後、ダイエーに移籍し、ヤクルトを経て千葉ロッテに入団。2度の戦力外通告を乗り越えて、ここまでユニホームを着続けている。「苦労は、いつか報われる時が必ず来る」。誰から教わった訳ではないが、この言葉を自分のモットーとし、歯を食いしばり、自分を信じて、激変した環境と何度となく襲ってきた苦難を克服し野球を続けてきた。

そんな高木がプロデビューを果たした西宮球場は今、もうない。04年から05年にかけて取り壊され跡地には再開発により08年に複合商業施設がオープン予定である。また、阪急でプレーしたことのある現役選手も日本ハムの中嶋聡と高木を残すのみ。偶然にも、あの西宮球場でのデビュー戦でバッテリーを組んだ若かった2人が「最後の阪急戦士」として今もなお第一線でプレーしている。

「18歳の時に山田久志さんを見ていて『あんな年までプレーできたら最高だなあ』と思っていた。そういう意味では今、自分がプレーできているのは信じられない。体が動く限りはユニホームを着ていたいと思う。阪急を知る選手は少なくなってしまったし、今の若い人はそういうチームがあったということすら知らないかもしれない。だから、その強いチームにいたことを誇りに投げ続けていきたい」。

阪急ブレーブスの血を受け継ぐ男はこれからも投げ続ける。偉大な先輩達が作り上げた歴史を背負い、誇りを胸にボールを投じる。体が動く限り、魂が戦うことを要求する限り、それは続く。千葉ロッテマリーンズファンの皆様には、どうか知っていて欲しい。そして、応援してあげて欲しい。今なお、伝説のあのチームでプレーしたことのある投手が、それを誇りに投げていることを。高木が投げ続ける限り、阪急ブレーブスの歴史は終わらない。

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