わたしはかもめ2012年鴎の便り(1月)

便

1月13日

ロッテ・薮田「常に向上心」順調調整[サンスポ]

自主トレを公開したロッテ・薮田が13日、約30メートルの距離で捕手役を座らせて伸びのある球を投げ込んだ。15日にもブルペンに入る予定で「例年と同じペースです」と順調な調整ぶり。昨季はセットアッパーから抑えに転向し、自己最多の31セーブをマーク。39歳になる今季へ「常に向上心を持って、チームの優勝に貢献したい」と意欲を燃やした。

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ロッテ・グライシンガー、背番号「46」に[サンスポ]

ロッテは13日、新加入のセス・グライシンガー投手(36)の背番号を「46」に、ジョシュ・ホワイトセル内野手(29)を「64」に決定したと発表した。

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薮田、もうブルペン入り!異例のハイペース調整[スポニチ]

ロッテのチーム最年長・薮田がQVCマリンで自主トレを公開。異例のハイペース調整を宣言した。

6月に39歳となるベテランは15日にもブルペン入り予定で「オフも投げる方はずっとやってきたので問題ない。チームの優勝が第一」。この日も約30メートルの距離で練習パートナーを座らせて力強い球を投げ込んだ。昨季は抑えとして自己最多31セーブ、防御率1.75と活躍。「まだまだレベルアップしてできるだけ長くやりたい」と力を込めた。

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薮田が順調な調整…ロッテ[報知]

ロッテの薮田が13日、QVCマリンフィールドで自主トレーニングを公開し、約30メートルの距離で捕手役を座らせての投球練習で伸びのある球を投げ込んだ。15日ごろからブルペンに入る意向で、投手陣では早めの調整だが「例年と同じペース」と余裕を漂わせた。

昨季はセットアッパーから抑えに働き場を移し、自己最多の31セーブをマーク。39歳になる今季へ「常に向上して、できるだけ長くやりたい」と力強く話した。

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薮田15日にもブルペン入り[ニッカン]

ロッテの薮田安彦投手(38)が順調な調整をアピールした。13日、QVCマリンでの自主トレを公開。遠投や、相手を座らせて力を込めた投球を繰り返した。「キャッチボールは11、12月から間隔を空けながら、やっていた。いつもと一緒です」。早ければ15日にブルペン入り。2月のキャンプに向けて調整のギアを上げていく。

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2012年春季キャンプ日程

◇1軍キャンプ日程

[日程]
02-01(水)〜-02-23(木)
[キャンプ地]
石垣市中央運動公園野球場
[休日]
02-04(土)、10(金)、15(水)、20(月)

◇2軍キャンプ日程

[日程]
02-01(水)〜02-23(木)
[キャンプ地]
鹿児島県薩摩川内市総合運動公園
[休日]
02-04(土)、10(金)、15(水)、20(月)
[練習試合]
02-25(土)東京ヤクルト戦(西都、12:30)
02-26(日)福岡ソフトバンク戦(生目の杜第2、12:30)

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パ6球団、ナイキジャパンと契約[サンスポ]

パ6球団は13日、ナイキジャパンとオフィシャルサプライヤー契約を結んだ。今後に発売される商品などの収益金を社会貢献活動にあてる予定。

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野球殿堂入り発表

野球殿堂入りを決める野球体育博物館の表彰委員会は13日、競技者表彰のプレーヤー表彰で広島の抑え投手として活躍し「炎のストッパー」と呼ばれた故津田恒実氏、広島のエースとして通算213勝を挙げた北別府学氏(54)を選出したと発表した。

特別表彰ではプロアマの垣根を越えた五輪の日本代表編成に尽力した故長船騏郎氏、バット素材の研究に従事した故大本修氏を選んだ。殿堂入りは計177人となった。

津田氏は1982年に新人王に選ばれ、闘志あふれる投球スタイルで89年には最優秀救援投手のタイトルを獲得したが93年7月、脳腫瘍のために32歳で死去した。

北別府氏は絶妙な制球力を武器に、広島の黄金時代を支えた。82、86年に最多勝と沢村賞。86年には最優秀防御率のタイトルも獲得し、セ・リーグ最優秀選手に選ばれた。

長船氏は全日本アマチュア連盟会長などを歴任し、2004年アテネ五輪では日本代表編成委員会の委員長として長嶋茂雄監督が率いる「長嶋ジャパン」を誕生させた。大本氏は金属バットの安全基準をつくったほか、木製バットに適したアオダモの植樹を推進し、「アオダモ資源育成の会」理事長も務めた。

プレーヤー表彰は有効投票数の75%(今年は236票)が当選必要数で、津田氏は237票、北別府氏は257票を集めた。指導者も対象となるエキスパート表彰での選出はなかった。津田氏と北別府氏の表彰式は7月のオールスターゲーム第1戦で行われる。

北別府学氏
「久しぶりに完封をしてヒーローになった感じ。プロに入り、まずは1勝という目標でやってきて、殿堂入りは雲の上のことだと思っていた。野球人生がこんな幸せでいいのかな。」
津田晃代さん(故津田恒実氏夫人)
「知らされた時は大変驚いたが、1番驚いたのは津田本人だと思う。北別府さんと一緒に選ばれたのは、本人も感慨深く受け止めていると思う。」
広島・松田元オーナー
「カープの黄金時代を支えた投手2人の殿堂入りをとても嬉しく思う。球団にとって、記録に残る選手と記憶に残る選手が同時に選ばれたことを大変光栄に思う。」
広島・野村謙二郎監督
「今年1年(を戦う上で)、チームにもいい励みになった。選手として一緒にプレーできたのは光栄。若い投手が多いので、目標にして欲しい。」
元広島の衣笠祥雄氏
「カープが最も強く輝いていた時代を支えた投手陣の代表。(この時代の)投手から誰も選ばれてなかったが、2人を育てた古葉監督にはうれしいニュースとして届いたと思う。」
山本浩二・元広島監督
「(1991年に津田氏が病に倒れ)何とか良くなって欲しい気持ちで、お守りを入れていた。『ツネのために頑張ろう』と選手の気持ちが1つになって、優勝できたのは津田のおかげ。」
元広島監督の古葉竹識・東京国際大監督
「選手達に恵まれ、いつも感謝して監督をしている。(北別府氏の沢村賞や津田氏の新人王など)全てのタイトルを監督時代に経験することができた。」
巨人・原辰徳監督
「(津田氏は)闘志あふれる素晴らしい投手。同世代を代表して殿堂入りされ、本当に良かった。彼の戦いざまが後々に強く伝えられるようになって嬉しい。」

◇次点はブーマー氏、殿堂選考経過

プレーヤー部門では、広島勢2人がともに前年の得票数を大きく伸ばし、そろって殿堂入りした。前年次点の北別府学氏は31票、候補最終年だった津田恒実氏は25票を上乗せして、当選必要数を超えた。同一チームで、同時期に活躍し、同時に殿堂入りするのは、江藤慎一、東尾修(太平洋=10年に殿堂入り)以来で、これで9組目となった。津田氏と同じく候補最終年だったブーマー・ウェルズ氏は、前年から39票も伸ばしたが、13票及ばず次点に終わった。来年以降はエキスパート部門の対象者となる。

エキスパート部門は、これまた広島OBのほか木場義郎氏が最多28票を集めた。前年次点だった権藤博氏が現場(中日)に復帰して候補から外れたこともあり、前年から16票も伸ばしたが1票届かなかった。同部門では08年以来、2度目の該当者なしとなった。

競技者表彰プレーヤー部門
プロ選手を対象として引退後5年を経過して、のち15年間(今年は経過措置として1年延長)を有資格者とする。30人の候補を選び、野球報道15年以上の経験を持つ委員(現在331人)が7人以内の連記で投票する。3分の2の有効投票があれば、75%以上の得票者を殿堂入りとする。
同エキスパート部門
プロの監督、コーチ、審判を対象に引退後6ヶ月を経過している者、プレーヤー部門の有資格者だった者で現役引退後、21年以上(今年は1年延長)経過している者も有資格者とする。10人の候補を選び、殿堂入りした競技者と競技者表彰の幹事(47人)が3人以内の連記で投票する。3分の2の有効投票で、75%以上の得票者を殿堂入りとする。

◇野球殿堂入りした人々一覧

名前メモ
1959正力松太郎日米野球成功させ巨人創設
平岡熈日本初のクラブチームを創設
青井鉞男一高投手、野球規則邦訳
安部磯雄学生野球の父
橋戸信都市対抗野球生みの親
押川清「日本運動協会」創設
久慈次郎函館オーシャン名捕手
沢村栄治早世した不滅投手
小野三千麿慶大投手で大リーグに快投
1960スタルヒンプロ野球初の300勝投手
飛田忠順(穂洲)早大名捕手で監督も
河野安通志初の球団創立に尽力
桜井弥一郎第1回早慶戦勝利投手
1962池田豊学生、プロ球界名審判
市岡忠男職業野球連盟初代理事長
1963中島治康プロ野球初の3冠王
1964若林忠志七色の変化球の好投手
宮原清社会人野球協会初代会長
1965川上哲治打撃の神様、V9巨人監督
鶴岡一人南海時代築いた監督
井上登第2代コミッショナー
宮武三郎慶大投手で阪急初代主将
景浦将タイガース4番兼投手
1966守山恒太郎一高時代の名左腕投手
1967腰本寿慶大黄金時代の名監督
1968鈴木惣太郎草創期に日米交流尽力
田辺宗英後楽園スタヂアム4代社長
小林一三阪急結成、新球場建設
1969苅田久徳華麗守備で魅了二塁手
三宅大輔巨人、阪急初代監督
田部武雄巨人結成時の二塁手
森岡二朗日本野球連盟初代会長
島田善介慶大・三田倶楽部捕手
有馬頼寧東京セネタース結成尽力
1970天知俊一中日監督で初の日本一
二出川延明パの初代審判部長
田村駒治郎松竹ロビンスオーナー
直木松太郎規則を本格的に翻訳
中馬庚baseballを野球と訳す
1971小西得郎独特話法野球アピール
水野利八野球用具改良に尽力
1972石本秀一広島の初代監督
中野武二審判の権威と信頼確立
太田茂スポーツ記者草分け
1973内海弘蔵明大野球部創設
天野貞祐学生野球協会2代会長
広瀬謙三公式記録の第一人者
1974藤本定義5球団率いた名監督
藤村富美男初代ミスタータイガース
野田誠三甲子園設計工事責任者
1976中上英雄日本の完全試合第1号
小泉信三学徒出陣壮行早慶戦
1977水原茂巨人黄金時代の名監督
西沢道夫投打に活躍した中日強打者
森茂雄早大監督。プロ監督も
西村幸生戦前タイガース投手
1978松木謙治郎初代タイガース主将
浜崎真二48歳で登板。勝利投手
伊丹安広早大名捕手は神宮外苑長も
吉原正喜巨人黄金期の名捕手
岡田源三郎明大万能選手で監督も
1979別所毅彦310勝巨人エース
平沼亮三6大学野球2代会長
谷口五郎大正時代の早大投手
1980大下弘青バットの天才打者
小鶴誠シーズン51本の本塁打王
千葉茂猛牛の異名。二塁手
1981飯田徳治1246試合連続出場
岩本義行1試合4発の神主打法
佐伯達夫3代日本高野連会長
小川正太郎社会人野球協会結成尽力
1982鈴木龍二セ会長として発展尽力
外岡茂十郎学生野球憲章制定尽力
1983三原脩魔術師と呼ばれた知将
内村祐之第3代コミッショナー
1984桐原真二早慶戦の復活に尽力
1985杉下茂フォークボールの神様
白石勝巳逆シングル巨人遊撃手
荒巻淳パ100勝投手第1号
田中勝雄早大で首位打者3度
山内以九士規則、記録の研究
1986中河美芳華麗な守備の一塁手
松方正雄タイガース初代会長
1987藤田信男法大初優勝の名監督
山下実慶大時代築いた強打者
1988長嶋茂雄「ミスタープロ野球」
別当薫4球団の監督を歴任
西本幸雄パで優勝8度の名将
金田正一400勝4490奪三振
横沢三郎プロ草創期の名審判
芥田武夫飛田早大の名外野手
永田雅一大毎の名物オーナー
1989島秀之助初代のセ審判部長
野村克也65年3冠王の名捕手
野口二郎延長28回投げた鉄腕
池田恒雄球界貢献大の出版人
伊達正男捕手から鉄腕投手に
1990真田重蔵速球とドロップの好投手
張本勲3085本の安打製造機
佐伯勇近鉄球団のオーナー
1991牧野茂V9導いた参謀コーチ
筒井修3000試合出場名審判
島岡吉郎明大率いた名物監督
中沢良夫春夏甲子園の基盤作る
1992広岡達朗セ、パで日本一監督
坪内道則1000試合1000安打第1号
吉田義男「牛若丸」名遊撃手
吉田正男中京商夏甲子園V3
1993稲尾和久西鉄時代築いた鉄腕
村山実2代目ミスタータイガース
1994王貞治868本ホームラン王
与那嶺要攻守走揃った日系2世
広岡知男野球五輪参加に貢献
1995杉浦忠日本シリーズ4戦全勝
石井藤吉郎アマ強打者。全日本監督
呉昌征強肩快足「人間機関車」
村上実プロ草創期阪急代表
1996藤田元司巨人エースから名監督
衣笠祥雄2215試合連続出場
牧野直隆4代日本高野連会長
保坂誠初屋根付き球場建設
1997大杉勝男セパ1000安打1000試合
山本英一郎キューバ交流に貢献
1998中尾碩志通算209勝の技巧派
井口新次郎和歌山中、早大の名選手
1999中西太怪童と呼ばれた強打者
広瀬叔功歴代2位596盗塁
古葉竹識赤ヘル広島監督で初V
近藤貞雄投手分業制考案監督
吉国一郎第9代コミッショナー
2000米田哲也350勝タフネス右腕
福島慎太郎パ会長で人気回復尽力
2001年根本陸夫西武黄金時代の基礎
小山正明抜群制球力320勝
武田孟日米大学野球開催尽力
長谷川良平広島の小さな大投手
2002山内一弘シュート打ち2271安打
鈴木啓示草魂モットー317勝
福本豊1065個の盗塁王
田宮謙次郎打者転向し首位打者
中沢不二雄パ初代会長は名解説も
生原昭宏アイク生原。日米かけ橋
オドール日米野球で親善尽力
正岡子規野球文化の普及貢献
2003上田利治1322勝の熱血監督
関根潤三投手と野手で球宴
松田耕平赤ヘル広島のオーナー
ホーレス・ウィルソン野球伝えた米教師
鈴鹿栄少年用軟式球を考案
2004仰木彬イチロー発掘名監督
秋山登大洋初の日本一貢献
2005村田兆治マサカリ投法215勝
森祇晶V9捕手。6度日本一監督
志村正順沢村を伝えた名アナ
2006門田博光40歳で44本塁打
高木守道攻守走揃う二塁手
山田久志284勝サブマリン
川島広守プロアマ雪解け導く
豊田泰光西鉄黄金期遊撃手
2007梶本隆夫プロ最多9連続奪三振
松永怜一ロス五輪金メダル監督
2008山本浩二536発ミスター赤ヘル
堀内恒夫V9巨人の大エース
嶋清一海草中で連続無安打無得点
2009若松勉通算打率3割1分9厘
青田昇「ジャジャ馬」本塁打王
大社義規日本ハム初代オーナー
君島一郎「日本野球創世記」著
2010東尾修251勝。MVP2度
江藤慎一両リーグで首位打者
古田昌幸都市対抗の功労者
2011落合博満史上最多3度3冠王
皆川睦雄最後の年間30勝投手

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