わたしはかもめ2021年鴎の便り(1月)

便

1月17日

ロッテ唐川「秘密ない」理想から生まれた魔球カット[ニッカン]

◇深掘り。

投手には勝負球がある。ロッテ唐川侑己投手(31)の場合、それはカットボールだ。変化球なのになぜか、直球と同じ球速帯。「7回の男」として活躍したプロ13年目の昨季、左打者の懐に食い込ませ続け、防御率1.19の原動力になった。なぜ打たれないのか。キャンプインまで残り2週間。唐川オリジナルともいえる魔球に迫る。


唐川のカットボールは、握りの時点でオリジナルだ。ボールの縫い目が最も狭まる部分に、人差し指と中指を縫い目と平行に置き、指1本分ほど左にずらす。親指はボールの裏側に置き、薬指の指先を親指の先に近づける。

リリースの時、直球で手の甲が二塁ベース側に向くとするなら、カットボールでは極端に表現すれば三塁側に向ける意識で投げるのだという。

≫これでどのように腕を振る?
唐川
「直球と一緒です。角度だけはしっかりやって。手首も指も全部ロックして、直球と同じように腕を振っています。」
≫最後に残る指は?
唐川
「人差し指ですね。」

中指を先に離し、最後に人差し指でスライダー方向への回転をかける。テレビ画面では直球のように見える。打者側からはボール1〜2個分、スライダー気味に吹き上がってくるように見えるという。

≫曲がっているのはマウンドから分かる?
唐川
「(テレビで)見ている人よりは分かりますよ。でもトラックマンのデータ上だと、別に曲がってはいないんです。直球はシュート回転するんですけど、僕のカットボールはそのシュート成分が少ない。球にもよります。本当にスライダーのように曲がっている時もあるし。」
≫ホップ成分が多いとも言われる。
唐川
「基準値から40センチのホップ成分があるみたいです。その数字を目安にカットを投げています。」
≫左打者の内角ギリギリで見逃し三振を奪うならどこを目がけて投げる?
唐川
「直球を左打者の内角に投げるのと同じ感じです。曲がると思って甘めにイメージすると腕が横振りになって、離れて、あまりいいボールじゃなくなるので。」

パ・リーグの強打者達を苦しめる魔球は、千葉・成田高時代に先輩に教わったスライダーの握りがベースになっている。

≫握りの秘密は。
唐川
「スライダーの握りがどんどん(曲がりが)小さくなってカットボールになったので、秘密みたいのはないです。」
≫フォーシームの握りから少しずらしてカットを投げる投手が多いが?
唐川
「僕も直球をずらして投げようと思ったことがあるんですけど、全く曲がらなかったです。」
≫いつからカットボールを投げている?
唐川
「どうなんですかね。分からないです。」

スライダーの曲がり幅を少しずつ小さくし、プロ14年目の今に至るという。周囲から「それはカットボール」と指摘されたのは、4年ほど前から。

≫なぜ曲がりを小さくしていったか?
唐川
「変化球って、直球と同じ軌道で来て曲がるのが理想だと思うんですよね。スライダーって大きい分、ちょっと膨らんだり、直球の軌道がずれたりするのが、僕は嫌だったので。直球の軌道に寄せようと思ったら内にも外にも出なくなった、みたいな。」
≫変化球は大きく曲げる、のイメージもある。
唐川
「それも1つの特長だと思う。うちでいったら、東條は大きいスライダーで空振りを奪える。そういうのも武器だし、こういう小さい変化球も武器だし。」

現在の直球の最速は148キロ、カットボールの最速も148キロになった。

≫投球でのカットボールの比率は?
唐川
「60%くらいですかね。直球は今年でいったら1登板で1、2球くらいです。」
≫直球を投げたいという思いは?
唐川
「投げたいです。でも別に、真っ直ぐを投げるために野球やってる訳じゃないので。選択肢としてシチュエーションで1番いい球を投げるだけです。」
≫仮に先発で投げるとしたら比率は変わるか?
唐川
「はい。昨年の2軍の先発ではやっぱり直球の比率が多くなって、カーブやチェンジアップも増えるし。満遍なく、になります。」
≫プロ13年目に脚光を浴びた魔球は、今季は相手もより研究してくるはず。その上をいくには?
唐川
「自分のものとして磨いていく必要はあると思います。体の使い方をしっかりして、フォームももっと安定していい形で投げられれば、球の質は必然的に上がってくると思うので。もっと強くリリースする、体をもっと強く使うことはできると思います。」
≫まだ速くなる?
唐川
「もうちょっと出るんじゃないかなと思ってますけど。カットで150キロ?目指してる訳じゃないですけど、出たらいいなとは思っています。」

高校生をはじめ学生野球の選手にも、カットボールは珍しい変化球ではなくなってきている。

≫肩や肘への負担は。
唐川
「どうなんですかね。僕は負担ないですけど。変化球も、ちゃんと投げれば負担はかからないと思うんですよね。」
≫カットボールを習得したい人へのアドバイスを。
唐川
「変化球って、曲がりを求めてしまうんですよね。僕らも意識しないとそういうのがあるので、曲がりというよりボールにどういう回転、どのくらいの回転をかけるかというのを意識してるかなと。小手先で軌道の変化幅とかを気にすると、あまりいい動きはしないと思うので。それよりも直球にどう近づけて投げるかが大事かと思います。」

※取材は12月中旬に新型コロナウイルス感染防止対策をとって行いました。

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ロッテ育成1位谷川、本拠地での伝統芸能披露を期待[ニッカン]

ロッテの育成ドラフト1位・谷川唯人捕手(18=立正大淞南)には、忘れられない青春の一幕がある。

晴れ舞台は16年秋、奈良公園だった。島根・安来市の中学2年生として、修学旅行に訪れた。東大寺の見物だけが目的ではない。豆絞りの手ぬぐいを頭に巻いて、竹ザルを持った。三味線と鼓が郷土民謡の安来節を奏でれば、どじょうすくい踊りの始まりだ。

12月の入団会見で「伝統芸能や文化が栄えています」と島根県をPRした。特に安来はどじょうすくい踊りで有名。中学の授業にも取り入れられ、披露の場もある。「修学旅行で踊るんです。安来市の文化を全国に広げる意味で」。同市ホームページによると、15年以上続く取り組みだ。

独特なコスチュームに、ユーモラスな踊り。思春期まっただ中、ちょっとした照れもあるかもしれない。それでも大舞台に備え、一生懸命練習した。当日も恥を捨て、同級生達と一緒に全力で踊りきった。鮮明に覚えている。

「観光客の人がたくさん寄ってきてくれて、その時にいただいた拍手が…初めて聞いたくらい、本当に大勢の人が。自分達が頑張って恥ずかしさを捨ててやっていたので、頑張ってよかったと思います」。

大勢の観光客と鹿?からもらった強いハートで、野球も頑張り抜いた。中3秋には島根県選抜の一員として、千葉・成田でのKボール全国大会に出場。強豪撃破で4強入りし「全国にはすごい選手がいっぱいいるなと感じました」と、さらに世界を広げた。

遠投123メートルが自慢で、未来の正捕手と期待される。野球で目立てば、また故郷をPRできる。人々の心を動かした演技がお蔵入りするのはもったいない。次はぜひZOZOマリンで、大勢のファンと一緒に−。

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ロッテ谷川唯人が伝統どじょうすくい踊りで得たもの[ニッカン]

ロッテの育成ドラフト1位・谷川唯人捕手(18=立正大淞南)には、中学時代に2つの大きな出来事があった。

入団会見で「伝統芸能や文化が栄えています」と生まれ育った島根県について話していた。特に故郷の安来(やすぎ)市は、郷土民謡の安来節が流れる「どじょうすくい踊り」で知られる。谷川も中学時代に授業で習った。「中2の修学旅行の時に踊るんです。安来市の文化を全国に広げるという意味で」。奈良公園で、観光客や鹿?の前でユーモラスに踊った。

独特なコスチュームに所作。長い時間練習した。当日も恥ずかしさを捨てて懸命に踊った。そうしたら…。「観光客の人がたくさん寄ってきてくれて、その時にいただいた拍手が…初めて聞いたくらい、本当に大勢の人が。自分達が頑張って恥ずかしさを捨ててやっていたので、頑張ってよかったと思います」。

中学3年で軟式野球を引退後は、Kボールの島根県選抜に選ばれ、千葉・成田での全国大会に出場。神奈川、東京など強豪を破り、4強入りする原動力になった。中学の侍JAPANをかけた大会でもあったが、侍入りは果たせなかった。ヤクルトのドラフト3位、内山壮真捕手(18=星稜)らが捕手で選ばれた。

それでも「いいアピールはできたと思います」と振り返る。当時、関係者の間で話題になっていた強肩ぶりは、現在は遠投123メートルまで伸びている。「走攻守が備わった選手が多かった。全国にはすごい選手がいっぱいいるなと感じました」。

全国で学び、高校時代に鍛え、再び晴れの舞台にやってきた。「小さい頃から侍JAPANで試合に出たいという夢があったので、それをかなえるため頑張っていきたいです」。プロでも堂々とパフォーマンスを続ける。

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ロッテ育成1位・谷川、巨体化計画!!77キロから85キロ以上へ[サンスポ]

ロッテの育成D1位・谷川(立正大淞南高)が17日、体重85キロ以上への増量計画を明かした。他の新人より6日遅い13日に入寮した178センチ、77キロの強肩捕手は「高校生が(自分以外に)3人いて、体が大きい。周りより多く食べなくては」と、186センチ、98キロのD5位・西川(東海大相模高)ら巨体を誇る同期達に仰天。途中合流した新人合同自主トレでもパワーアップを図る。

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ロッテ育成D1・谷川が増量計画、1年間で77キロ→85キロ目標[サンスポ]

ロッテの育成1位・谷川唯人捕手(18)=立正大淞南高=が17日、さいたま市南区のロッテ浦和球場で自主トレを公開した。

他の新人選手より6日後の13日に入寮した谷川は、午前9時からウオーミングアップ、キャッチボール、ノック、ティー打撃を行い「高校生が(自分以外に)3人いて体が大きい。食事の部分に関しては周りの人より多く食べて。トレーニングとかも大学生のピッチャーが多い。すごく走られているので、置いていかれないようにしたいです」と話し、1年間で体重77キロから85キロまで増量する計画を明かした。

武器は遠投123メートルの強肩。高校時代に島根県内でしのぎを削った育成3位・山本大斗外野手(18)=開星高=とロッテでも互いに高め合い、1日も早い支配下登録を目指す。

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ロッテ・育成ドラ1谷川「全てが備わっている」広島・会沢流で支配下狙う[スポニチ]

ロッテの育成ドラフト1位の谷川(立正大淞南)が、広島・会沢を目標に支配下登録を目指す。

遠投123メートルの強肩捕手は「捕手としての全てが備わっている。グラウンドでの立ち姿だったり、そういう雰囲気も大事」と説明。日程の都合で他の新人より遅れて13日に入寮した後は、チームの投手陣の動画をチェック。

ロッテ浦和での新人合同自主トレ後に「佐々木朗希投手の球は手から離れた瞬間にミットに届く。そんな球にも慣れたい」と話した。

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ロッテ育成1位・谷川、広島会沢を目標に支配下登録を目指す「全てが備わっている」[スポニチ]

ロッテの育成ドラフト1位・谷川唯人捕手(立正大淞南)が17日、新人合同自主トレを行い、広島・会沢を目標に支配下登録を目指すことを誓った。

遠投123メートルを誇る島根出身の強肩捕手は「会沢選手は捕手として全てが備わっている。グラウンドでの立ち姿、雰囲気、そういうのは大事だと思う」と明かす。

現在の体重は77キロ。今季中に85キロまで増量することが目標だ。「食事も周りの人よりも多くたべたい」と意気込んだ。

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育成ドラ1谷川唯人、ボリューム満点の“寮メシ”で増量…目標は85キロ以上[報知]

ロッテの育成ドラフト1位・谷川唯人捕手(18)=立正大淞南=が17日、ロッテ浦和球場での新人合同自主トレに参加し、早期の支配下登録と、今年中に体重を85キロ以上にすることを目標に掲げた。

島根出身で、幼少期から広島・会沢に憧れており「捕手として必要な全てを兼ね備えていますし、雰囲気もあります」と魅力を熱弁。支配下登録のために、遠投123メートルの強肩を武器にして競争に挑む。

現在77キロからの体重増については「周りの選手よりもたくさん食べるようにします!」と栄養バランス、ボリューム満点の“寮メシ”で体を大きくする。昨季、俊足を売りにブレイクした和田に続き、次代の育成の星になる。

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育成ドラ1捕手・谷川唯人はドラ1左腕・鈴木昭汰の球に衝撃[報知]

ロッテの育成ドラフト1位・谷川唯人捕手(18)=立正大淞南=が17日、ロッテ浦和球場で行われた新人合同自主トレに参加した。

日々、プロのレベルの高さを痛感しているが、捕球して衝撃を受けたのは、最速152キロを誇るドラフト1位の鈴木昭汰投手(22)=法大=の球。「左投手であそこまでの球速のボールは初めてでした。まるで右投手のような球筋でくる。手首を簡単に持って行かれました」と同期入団の好投手の実力に、驚きを隠さなかった。

2019年ドラフト1位・佐々木朗希投手(19)の球を受けたいという目標もあらためて明かした。まだ寮などでも会わず、面識はないが、すでに佐々木朗の投球を動画でチェックしている。「手元から出た瞬間にミットに来ているような球。受けさせてもらえるまで時間はかかるかもしれませんが、速い球にも慣れていかないといけない」と成長を誓った。

早期の支配下登録と、今年中に体重を85キロ以上に増やすことが目標だ。現在は77キロだが「周りの選手よりもたくさん食べるようにします!」と意気込む。遠投123メートルをマークした強肩で、次代の育成の星になる。

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ロッテ育成1位・谷川、「どじょうすくい踊り」の度胸で支配下勝ち取る![デイリー]

ロッテの育成ドラフト1位・谷川唯人捕手(18)=立正大淞南=が17日、オンライン取材に応じ、故郷島根県安来市の民謡・安来節の「どじょうすくい踊り」で身につけた度胸で、支配下登録を勝ち取る覚悟を示した。

意外な特技を明かした。中学時代の授業で習ったという「どじょうすくい踊り」。2年時の修学旅行では文化交流の一環として奈良公園で観光客の前で披露。「大勢の人が(集まった)。恥ずかしさを捨ててやっていた。頑張ってよかった」と振り返る。

野球でも大勢のファンの前で、喜ばれるプレーを−。遠投123メートルの強肩が武器で、目標の選手は「全てが備わっている」という広島・会沢。強肩強打の捕手へ、かけがえのない経験を生かし、プロで活躍する。

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ロッテ、育成ドラ1・谷川、目標は広島・会沢、強肩生かし今季中支配下狙う[デイリー]

ロッテの育成ドラフト1位・谷川唯人捕手(立正大淞南)が17日、新人合同自主トレに参加。遠投123メートルの強肩が売りのルーキーは広島・会沢翼捕手を目標に、早期の支配下登録を目指すと意気込んだ。

この日はロッテ浦和球場でキャッチボール後、ノックを受け、ティー打撃などを行った。広島・佐々岡監督の同郷、島根県出身の谷川は小学校時代、隣県のマツダスタジアムでカープ戦を観戦。「会沢選手がキャッチャーとして全部が備わっている。グラウンドに立つ姿だったり、雰囲気は大事だと思うので、そういう雰囲気を備わった選手になれれば」と目を輝かせた。

目指すは今季中の支配下登録。「トレーニングに置いて行かれないように頑張りたい」と意気込んだ。

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ロッテ美馬が明かすFA宣言の真実、突き動かした愛息への想い「あのまま仙台にいたら…」[Full-Count]

◇父となり、初めて迎えた2020年シーズン「当たり前のように両手で野球をしていたけど…」

2020年シーズンは、ロッテ美馬学にとって忘れがたい1年となった。プロ10年目。野球を始めてから20年以上が経ち、野球との向き合い方が変化。当たり前のように野球ができる幸せを、改めて噛みしめることになった。

新型コロナウイルスが世界的に感染拡大し、NPBは開幕延期を決断。無観客試合としてシーズンが始まったのは、当初の予定より約3ヶ月遅れの6月19日だった。例年ならば遠征で家を空ける4月、5月を、自主トレーニングでコンディションを整えながら自宅で過ごした。

「毎日、朝起きて、子供と遊んで、昼過ぎから練習に行って、という生活をしていました。僕の中ではメチャメチャ充実した日々で、いい気持ちの切り替えになりました」。

オフに9年を過ごした楽天からロッテにFA移籍した右腕は、新天地でのキャンプ中、人知れず「野球人生最大の壁」にぶち当たっていた。投球フォームを探る迷路にはまり込み、思うようなボールが投げられず。さらには、右脇腹を痛めて、内定してた開幕投手も白紙状態に。そんな最中に訪れたステイホーム期間。「バグっていた」という美馬の頭と心をクリアにしてくれたのは、愛妻アンナさんと2019年10月に生まれた愛息だった。

「好きな野球の練習ができて、楽しい家族と一緒に過ごせる。僕にとっては大切な充電期間になりました」。

2019年10月11日。元気な産声を上げて生まれてきた我が子には、右手首から先がなかった。都内近郊での出産に運良く立ち会えた美馬は「最初は手を握っているだけだと思っていたんです」と、その日の様子を振り返る。

「出産予定日が10月16日だったので、僕は1度仙台に帰る予定だったんです。そしたら、僕が帰る前の日に陣痛が来て。タイミングが良かったんですよ。いざ、生まれてきたら、よくよく見ると右手がない。多分、僕が最初に気付いたんだと思います。すぐに妻が息子を見て『手がない』って言ったら、そこからみんな大慌て。脈を測る機械や肺の機能を調べる機械がうまく作動しなくてドタバタするし、看護師さんの手も震えているし。でも、僕は意外と冷静だったんです。子供は元気に泣いているから大丈夫だろう。それより気が動転しているであろう妻の方が大丈夫かなって。その時は落ち着いていましたけど、病室に帰ってきたら大号泣でしたね」。

◇「ウチに生まれてきたからこそ、この子にできることがあるんじゃないの?」

出産前のエコー検査では、右手が左手に隠れる姿勢になっていて、誰も手首から先がないことに気付かなかった。五体満足で生まれてくると思っていた我が子を巡る予想外の展開に、アンナさんは悩み、落ち込み、絶望すら感じたという。そんな妻に美馬は言った。

「『あれもできない。これもできない』って、すごくネガティブなことしか言わなかったんです。でも、そうは言っても、今からどうしようもできないことじゃないですか。だから聞いたんです。『じゃ、手がないって分かっていたら生まなかったの?』って。それは違う。僕はとにかく、最初からホントにかわいくてかわいくて(笑)。『違う家だったら分からないけど、ウチに生まれてきたからこそ、この子にできることがあるんじゃないの?ウチだったから良かったんじゃない?』って話をしました」。

同じ頃、産院の院長がメジャーで活躍した伝説の隻腕、ジム・アボットの本をプレゼントしてくれた。「『書店に置いてなかったから必死で探したよ』って本をくれたんです。色々な人が前向きになる要素を持ってきてくれた。そのおかげで今があるんじゃないかと思います」。2人で先天性欠損症や障害者野球について調べ始めると、それまで全く知り得なかった世界があったという。

「みんな普通に野球をやってるんですよ。しかも、自分より上手いくらいの選手もいたりして、本当にすごい。息子がきっかけをくれなかったら、全く気付かなかったと思います。僕はプロとして野球をしているけど、プロの世界には障害を持った選手はいない。当たり前のように両手で野球をしていたけど、実は当たり前のことじゃないんだって感じましたね。それまでは当たり前過ぎて、全く何も考えてなかったです。ただ野球をやって、勝った、負けた、嬉しい、悔しい、くらいな感じ。両手を使って当たり前に野球をできるってすごい幸せなんだなって感じるようになりましたね」。

息子の誕生をきっかけに新たな視点と価値観を持つようになった夫妻は、スポーツを通じて障害者と健常者の壁がない社会になるよう、自分達にできる活動を始めることにした。こうした気付きを与えてくれた息子には、感謝の気持ちでいっぱいだという。

「多分、2人だけでいたら、こんな気付きはなかったと思います。色々なところに目を向けながら野球をやっていった方がいいよって言われている気がしましたね。さらに、目を向けるだけじゃなくて、行動することもできるようになってきた。息子をきっかけに、不思議と色々なことが繋がり始めた気がするんですよね」。

◇予定外のFA宣言から1年余り「あらゆることを経験した1年」

当初はFA権を行使せず楽天に残留するつもりだったが、アンナさんの家族から育児サポートが受けやすい関東圏のロッテに移籍。FA宣言から交渉、契約、引っ越し、キャンプイン、開幕、2桁勝利、CS進出…。「激動っていうか、あらゆることを経験した1年って感じですね」とホッと息をつきながらも、大きな笑顔を浮かべる。

「あのタイミングで生まれていなかったらFA移籍していなかった。あのまま仙台にいて、両親のサポートなしに子育てをしていたら、妻が育児ノイローゼになっていた可能性もあるなって思うんです。本当に近くに両親がいてくれて助かっているんですよ。僕の母は息子が生まれる2年前に亡くなっているんですけど、陣痛が始まった10月10日は僕の両親の結婚記念日だったり、繋ごうと思えば色々繋がる(笑)。ただ、何だろ?って思うくらい、息子の誕生をきっかけに色々なことが動き出した感じがしますね。人を集める力や人を喜ばせる力を持っている。そんな気がします」。

息子を「大事な宝物」と話し、「ホントかわいくて。何なんですかね。自分の子供って、何でこんなに可愛いんですかね」と幸せそうに目尻を下げる。もちろん、可愛いだけでは終わらない現実もある。これから先、息子は様々な苦労や悩みに直面することになるだろう。その時に向けて、父としての覚悟も決めている。

「色々あると思います。でも、先ばかり考えてネガティブになってもしんどいので、その都度、一緒に向き合ってあげたいなと。先のことは今、何も対処できないですから。もしかしたら想像以上に何でもできちゃうかもしれないし、できなかったことだけ手助けできればいい。その準備だけはしておこうと思います。

野球に限らず、やりたいことはやらせてあげたいんですよね。そのために僕は一生懸命稼ぎます。人よりお金はかかるだろうし、大変なこともあると思うので。思うようなピッチングができなかった日も、家に帰れば妻と息子の笑顔でリフレッシュできる。去年2桁勝てたのは、そのおかげかもしれませんね」。

夫妻を新たな方向に導いてくれた大事な宝物。その存在と笑顔を守るためにも、父は真摯に野球と向き合う。

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