わたしはかもめ2021年鴎の便り(12月)

便

12月29日

元ロッテ黒木知宏氏長女MEIがマリーンズ公式チアパフォーマーに加入内定[ニッカン]

レジェンドのDNAがZOZOマリンで躍動する。ロッテOBの黒木知宏氏(48)の長女が、来季で19年目のシーズンを迎えるマリーンズ公式チアパフォーマー「M☆Splash!!」に加入することが、29日までに内定した。来年1月上旬に正式発表される予定。

同パフォーマーの新メンバー選考には約200人の応募があった。合格者9人の中に選ばれ「MEI」の名で活動する。ショートカットで「広い球場でもすぐ見つけられると思います」というMEIは、豊富なダンス経験を持つ。身長153センチと小柄ながらダイナミックな動きが売りで、ジョニーと呼ばれ愛された父譲りの“魂”のパフォーマンスが期待される。「普段は標準語を話しますが、家族の影響もあり、実はちょっと宮崎弁が出ます」と自己PRも忘れない。

長女のマリンデビューに父の黒木氏は「この度長女がマリーンズファンの皆様とともに戦うこととなりました。野球ファンの皆様に喜び、感動をお届けできるよう、全力を尽くしてくれると思いますので、よろしくお願い致します」と期待を寄せた。

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ロッテのエースだったジョニー黒木の長女、マリーンズ公式チアパフォーマー『M☆Splash?』2022年新メンバーに[サンスポ]

ロッテのエースとして活躍し、通算76勝を挙げた「ジョニー黒木」こと黒木知宏氏(48)=野球評論家=の長女、MEIさん(本名、年齢非公表)がロッテの公式チアパフォーマー『M☆Splash?』の新メンバーに選出されたことが29日、分かった。来年1月上旬に正式発表される。

応募者約200人から選ばれた9人のうちの1人。宮崎県で生まれ、千葉・浦安市で育った。身長153センチでクラシックバレー、ジャズダンスをメインに幅広くダンスを経験している。

MEIさんは、球団を通じて「小柄ですが、柔軟性を生かしたダイナミックなパフォーマンスが武器です。2022年メンバーの中で1番髪が短いショートカットなので、広い球場でもすぐ見つけられると思います!探してみてください」と自己PRした。

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[俺もBIGBOSS]ロッテ・福嶋明弘打撃投手、94年からチーム支え「目標は還暦」[サンスポ]

チーム内のビッグボス的存在を紹介する企画の第1回は、ロッテ・福嶋明弘打撃投手(54)。千葉移転3年目の1994年から打撃投手を務め、スペシャリストとしてチームを支え続けている。選手、スタッフから「福さん」と親しまれる同氏にとって節目の30年は通過点。「目標は還暦」と意欲的だ。


上下動の少ない柔らかな投球フォームから、制球された直球がストライクゾーンへ。福嶋氏は「担当したバッターが活躍したり、勝負どころで打ってくれたりすると、すごく嬉しいです。励みになりますね」と、そのやりがいを口にする。

ロッテ打撃投手陣のお手本だ。「ビッグボス」こと日本ハム・新庄監督のような派手さはないが、周囲から「福さん」と呼ばれ、一目置かれている。

外国人選手に投げることが多い福嶋氏の勲章≠ヘ2015年の出来事。当時在籍していたクルーズ内野手に「おまえはバッティングピッチャーで最高だ。オールスター戦にも来てくれ」と指名を受け、第2戦の行われたマツダスタジアムに同行した。

時には制球が乱れることもあるが、経験豊富だからこその極意≠ェある。「ボールが続くと『早くいっぱい打たせてあげなきゃ』と(投球)間隔が縮まるんです。それをやると逆効果。わざとゆっくり間を空けて仕切り直します」。一呼吸置いて身も心も整える。

「投げられるだけ投げたい。目標は還暦です。あいつより先にはやめたくない」。あいつ…とは、映像分析アナリストを兼務する同い年の石田雅彦打撃投手。「福さん」は来季も優勝を目指して投げ続ける。

◇昨年は思わぬ形で注目も…

福嶋打撃投手が昨年、思わぬ形で注目を浴びた。巨人からトレードで加入した沢村(現レッドソックス)が9月8日の日本ハム戦で新天地デビューを飾った際、新背番号「57」のユニホームが間に合わず、体格が近い福嶋氏の「106」で登板した。1点リードの6回を3者連続空振り三振に斬ると、沢村は「福嶋さんには感謝の気持ちでいっぱい」とコメント。「106」をあしらった記念グッズも登場した。

福島明弘(ふくしま・あきひろ)
1967(昭和42)年9月20日生まれ、54歳。埼玉・川口市出身。大宮東高から86年ドラフト3位で近鉄入団。1軍登板なし。93年に現役を引退し、翌94年からロッテの打撃投手を務める。右投げ右打ち。

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ジョニー黒木氏の長女・MEIさん、ロッテの球団チア加入[スポニチ]

ロッテの球団公式チアパフォーマー「M☆Splash!!」に「ジョニー」の愛称でファンから愛された球団OB・黒木知宏氏の長女「MEI」さんが来季から加入する。

1メートル53と小柄ながら父親譲りの身体能力を生かしたダイナミックなパフォーマンスが武器で、ショートカットが似合う「MEI」さんは「ファンの皆さんにお会いできる日を楽しみにしています」と語り「普段は標準語を話しますが、(宮崎県出身の父ら)家族の影響もあり、実はちょっと宮崎弁が出ます!」ともコメント。愛娘の古巣加入に黒木氏も「野球ファンの皆さまに喜び、感動をお届けできるように、全力を尽くしてくれると思いますので、よろしくお願いいたします」と語った。

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ロッテ・鳥谷、18年間毎日続けた「準備」、誇れるものは記録より「日々の生活」[スポニチ]

阪神で16年、ロッテで2年、計18年の現役生活。幕の下ろし方は、鳥谷らしかった。

通算2099安打をマークし、歴代2位となる1939試合連続出場も成し遂げたレジェンド。だが、レギュラーシーズン終了翌日の10月31日に引退を発表し、引退試合&セレモニーもなかった。後日、会見だけを行い「相談は誰にもしなかった」と打ち明けた。

数々の記録を打ち立ててきたが、誇れるものは「記録」よりも、「日々の生活」だという。「試合に出続けることは常に頭に置いてきた。2軍に落ちても、試合に出られなくても、毎日準備を怠らず、本当に辞める決断をする日までできた」。誰よりも早くグラウンドに来て、戦うための準備を入念に行った。スタープレーヤーとして数々の修羅場をくぐり、ここ数年は控えとして縁の下の役割も担った。そんな男だからこその言葉だった。

今後は評論家として、グラウンド外から野球を学んでいくが、野球以外にも興味を示す。「当然、野球に恩返ししたい気持ちはある。ある程度野球に携わりながら、自分の新しくやりたいことを探していきたい」とこれまでと違ったチャレンジの可能性も口にした。指導者として、再びユニホームを着る日に向けた鳥谷流の準備に入った。

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黒木知宏氏の長女MEIさん、公式チアパフォーマー「M☆Splash!」新メンバー加入[報知]

ロッテに“ジョニー黒木”が帰ってくる。来季19年目を迎える球団公式チアパフォーマー「M☆Splash!」の新メンバーとして黒木知宏氏(48)の長女MEIさんが加入することが29日、分かった。千葉県浦安市出身でクラシックバレエやジャズダンスをメインに幅広くダンス経験があり、約200人の応募の中から9人の新人が選ばれた。

MEIさんは「柔軟性を生かしたダイナミックなパフォーマンスが武器です。来季メンバーの中で1番髪が短いショートカットなのでぜひ探してみてください!」とコメント。黒木氏も「野球ファンの皆さまに喜び、感動をお届けできるよう全力を尽くしてくれると思います」と、まな娘を激励した。

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レジェンド引退、51年ぶりのマジック点灯、デイリーが選ぶロッテ10大ニュース[デイリー]

デイリースポーツが選ぶロッテの10大ニュース。今季は優勝マジックを点灯させながら惜しくも2位に終わった。シーズンでは佐々木朗が躍動し、ベテラン荻野らが奮闘。レジェンドの引退もあった2021年を振り返る。

[1]鳥谷が現役引退
阪神で16年間、ロッテで2年間プレーした鳥谷が現役生活に終止符を打った。3月26日・ソフトバンク戦では遊撃手での史上最年長開幕スタメンを果たすなど、年齢を感じさせないプレーを見せた。しかし、7月6日に出場選手登録を抹消され、32試合で打率.170、0本塁打、2打点にとどまった。
「チームの勝利に貢献したいという思いでやってきたが、貢献がなかった。そろそろ辞めないといけない気持ちでいた」と引退の理由を明かした。17年に通算2000安打を達成し、NPB史上2位となる1939試合連続出場。通算2243試合で、2099安打、打率.278、138本塁打、830打点、131盗塁の偉業を残したレジェンドがユニホームを脱いだ。
[2]51年ぶりの優勝マジック点灯
10月14日、1.5ゲーム差の首位・オリックスとの直接対決。先発の佐々木朗は最速158キロを連発し、6回を5安打無失点。同い年の宮城との投げ合いに一歩も引かずに勝利へ導いた。0.5ゲーム差の2位ながら、残り試合数や引き分け数の関係でマジックが点灯。2位チームに点灯するのは、14年のオリックス以来7年ぶりだった。
[3]佐々木朗が2年目でプロ初登板
5月16日・西武戦(ゾゾ)。1年目の昨季は登板機会がなかった右腕が第一歩を踏み出した。高校時代163キロをマークした剛腕は緊張感を感じさせながら5回4失点。初勝利はお預けとなった。それでも同27日・阪神戦(甲子園)でプロ初勝利を挙げると、シーズンでは11試合で3勝2敗、防御率2.27だった。
[4]鳥谷が甲子園に2年ぶり凱旋
5月25日・阪神戦(甲子園)。2点を追う7回に代打で登場すると、西勇から右前適時打を放ち、逆転勝利に貢献した。19年9月30日以来の聖地でのプレーに敵味方関係なく、大きな歓声に沸いた。
[5]小島がプロ初完封を含む2度の完封。初の2桁勝利
9月19日・日本ハム戦(札幌ド)で4安打完封勝利。5回2死までパーフェクトと圧巻の投球をみせた。10月3日・楽天戦(楽天生命)では2度目の完封勝利。憧れの田中将との投げ合いを力に変えて快投へつなげた。
[6]開幕5連敗スタート
開幕の3月26日・ソフトバンク戦(ペイペイ)を落とすと、2、3戦目は抑えの益田が救援に失敗して3連敗スタートとなった。本拠地に戻っても楽天に2連敗し、開幕ダッシュに失敗。それでも4月1日・楽天戦(ゾゾ)で今季最多16得点で初勝利を上げると、引き分けを挟んだ4連勝で巻き返した。
[7]荻野、和田が今季最終戦で盗塁王決める
10月30日・日本ハム戦(ゾゾ)。西武・源田に1個差で追っていた荻野、和田がそれぞれ1盗塁を決めて初受賞。日本ハム・西川も含め、史上初の4人の盗塁王誕生となった。
[8]藤原が初の月間MVPを受賞
開幕1軍入りを果たすも4月下旬に2軍落ち。6月末に再昇格し、7・8月度は打ちまくった。全24試合に出場し、32安打、5本塁打、15打点、5盗塁、打率.348。大阪桐蔭では甲子園阿春夏連覇に貢献し、2018年度ドラフト1位で入団。3年目を迎えた期待の外野手が成長の跡をみせた。
[9]本拠地ZOZOマリンスタジアム通算1000勝達成
8月30日・西武戦でマーティンが豪快なソロを放つなどして快勝。川崎球場から1992年に当時の千葉マリンスタジアムへと移転。同年4月7日・ダイエー戦での初勝利から30年目での達成となった。
[10]松中臨時コーチ熱血指導
春季キャンプに井口監督のダイエー時代のチームメート、松中信彦氏を招聘。左打者の安田、藤原らを指導した。平成の三冠王は若手に振りこませ、シーズン中も時折指導。11月に同職を契約満了となった。

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ロッテOB黒木氏の長女MEI球団チア入り、父「全力を尽くしてくれる」[デイリー]

ロッテOBの黒木知宏氏(48)の長女・MEIさん(本名は非公表)が、公式チアパフォーマー「M☆Splash!!」入りすることが29日、明らかになった。来年1月上旬にも正式発表される。

約200人が応募し、9人が合格。MEIさんはクラシックバレーなどの経験があり、父親譲りの運動能力で狭き門を突破した。「小柄ですが、柔軟性を生かしたダイナミックなパフォーマンスが武器です」とPR。知宏氏は「全力を尽くしてくれると思いますので、よろしくお願い致します」とコメントした。

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元ドラ1右腕の第2の人生、ロッテへ“恩返し”構想は「ビールの売り子してもいい」[Full-Count]

◇内竜也氏は4月に「株式会社V-slider」を設立し代表取締役になった

元ロッテの内竜也氏は、2020年シーズン限りで球団一筋17年間の現役生活を終えた。今年4月に自身が代表取締役となり「株式会社V-slider」を設立。かつてのドラフト1位は、セカンドキャリアで子供達のためのスポーツアカデミー創立とロッテへの恩返しを目指して動き始めた。

直球とスライダー。ほぼこの2種類だけで、内氏は並みいる強打者と戦ってきた。「自分はスライダーしかなかったけど、1つの武器を持ってプロ野球選手を17年間できた。“1つしかない”ではなく、1つあれば何でもできる。社会に出る時も、1つ武器を身に付けようと思いました」。会社をつくるのにあたり、真っ先に「スライダー」の文字を社名に入れることを決めた。

会社を設立したのは「将来的にやりたいことのために、しっかりと動き出したかったから」だ。「やりたいこと」は主に2つある。1つはスポーツアカデミーを創設し千葉出身選手を輩出すること。拠点とするかずさ地区で、野球だけでなく様々なスポーツを体験できる場所を目指す。

現在「ブリングアップベースボールアカデミー」で子供達に指導する中で、痛感したことがある。自身は丁寧に教えているつもりでも、ポカーンとしている子供達。「理由を聞くと、動かし方が分からないと言うんです。例えば“腰を落とせ”と言っても、まず落とし方を教えてあげないと。子供達には体の使い方が大事になると思う」。トレーナーを充実させることに加え、他競技を経験して野球とは違った体の使い方を学ぶことも大事だと考える。千葉県内にある8つのプロスポーツ団体のOBとの連係など、具体的なプランも思案中だ。

◇応援ツアー企画もコロナ禍で実現せず

もう1つはロッテへの恩返し。ファンを盛り上げる応援ツアーなどを今シーズン企画したが、新型コロナウイルスの影響により実現することはなかった。それでも状況が落ち着けば、やってみたいことは多くある。「例えば球場でファンに試合を解説したり、球場内のグッズ売り場にOBが立ったり、喜んでくれるお客さんがいるならビールの売り子をしてみてもいい」と驚きの構想の一端を明かした。

熱狂的な声援に背中を押され、マウンドに立ち続けてきた。「現役時代は感謝していても、やはり距離が遠かった」というファンには「辞めた今、近くに思って欲しい」とイベントなどで積極的に交流を図る。「ファンを盛り上げて、ロッテを盛り上げたい」と熱い思いを語った。

2003年ドラフト1巡目で川崎工高からロッテに入団。30台半ばで出る社会に「苦労は全部。公立高校出身だし、大学社会人を出ている選手に比べて圧倒的に知り合いも少ない」と苦笑いする。

右も左も分からない中で、コロナ禍により活動も制限されたが「今は色々な人の話を聞いて勉強させてもらったり、土台づくりの時期と捉えています。3〜5年後、1つでも形にしていたい」と目標を掲げた。

第2の人生は始まったばかり。千葉のために17年間腕を振り続けた男は、この先も千葉のために尽くす。

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