リーグ再開初戦となる21日の首位ソフトバンク戦の先発を託されたロッテ小島和哉投手(27)が、必勝を期した。
北九州市民球場では初登板だけに「初回からマウンドにアジャストできるように準備をして臨みたい」と万策を施す考え。9ゲーム差を縮めるべく「自分のピッチングを心がけて1球1球、気合を入れて投げます。レギュラーシーズン再開の大事なゲームですのでチームの勝利に貢献できるように頑張ります」と力を込めた。
ロッテは21日からのソフトバンク3連戦に備え、空路福岡入り。
初戦に先発する小島は「北九州で投げるのは初めてなので、しっかりと初回からマウンドにアジャストできるように準備をして臨みたい」と表情を引き締めた。
9ゲーム差で追う首位との直接対決。4日の巨人戦で12安打11失点と炎上するなど2連敗中だが、「大事なゲームなのでチームの勝利に貢献できるように頑張ります」と巻き返しを期す。
BSフジ「プロ野球 レジェン堂」(火曜後10:00)が18日に放送され、ヤクルトが1978年に初優勝した時の大エースで野球解説者の松岡弘さん(76)がゲスト出演。ロッテの佐々木朗希投手(22)について厳しい言葉を口にする場面があった。
熱烈な巨人ファンで知られるフリーの徳光和夫アナウンサー(83)がホスト役を務める同番組。
あの長嶋茂雄(巨人)が現役時代に対戦した投手のなかで“1番速かった”と苦手にした松岡さんの速球に関連して、徳光アナが「最近の若い投手はみんな150キロぐらい投げる人が随分出てきてますけど、松岡さんの時代の快速球投手と何が違うんですかね?」と質問を繰り出した時だった。
これに「僕らは顔から体から全部“コノヤロー!”なんて(気持ちで)投げるストレートだったんで。僕らの年代のエースはほとんどそういう人が多かった」とまずは時代の違いに触れ、徳光アナもこれに同意した。
そして、「今みたいな、形をちゃんとした速いボールを投げられるコツは持ってるんでしょうけど、僕らみたいにがむしゃらに放って…っていうのはちょっとないんかな、少ないんかなって」と松岡さん。
徳光アナが「佐々木朗希は160キロ投げてて、なぜ打たれてしまうんだろうって僕は思いますけども」と水を向けると、松岡さんは「そう思うでしょ」とまずは共感。「僕ら(世代)に言わせると、抜いてんの」とした。
「これを投げないと真っ直ぐが生きない、その1球に対してちょっと手抜きがあるんじゃないかな。手を抜いてんじゃないかなという気がする。それで、痛い目に遭うのが1球、1割失投があったら絶対に勝てない」。
そう語った松岡さん。「それを彼はちょっと直して欲しいな」と続けて、徳光アナが「広岡イズムですね」と受けると、「というか、その辺(のレベル)にならないと彼はメジャー行けない」と言い切る松岡さんだった。
来月20日にウインク球場(姫路市立姫路球場)で開催される「プロ野球フレッシュオールスターゲーム2024」の出場選手が20日に発表され、ロッテから田中晴也投手(20)、上田希由翔内野手(22)、寺地隆成捕手(18)が3選手が選出された。
各選手のコメントは次の通り。
ロッテの小島和哉投手が21日のソフトバンク戦(北九州市民球場)に先発することが発表された。ソフトバンクはカーター・スチュワート・ジュニア投手が先発する。
小島は今季11試合に先発して4勝5敗、防御率4.29。4日の巨人戦では2回0/3で11安打12失点と大炎上、11日のDeNA戦は7回6安打4失点と2試合連続で黒星を喫した。ソフトバンク戦は今季初登板。開幕戦、交流戦初戦に続いてリーグ再開初戦のマウンドを任された左腕は「北九州で投げるのは初めてなのでしっかりと初回からマウンドにアジャストできるように準備をして臨みたいと思います。そして自分のピッチングを心掛けて1球1球、気合を入れて投げます。レギュラーシーズン再開の大事なゲームですのでチームの勝利に貢献できるように頑張ります」と意気込んだ。
千葉ロッテマリーンズは8月6日ソフトバンク戦(ZOZOマリンスタジアム)に歌手のDream Ami(ドリーム アミ)が来場し、セレモニアルピッチを行うと発表した。当日は2021年から続く夏のスペシャルイベント「BLACK SUMMER WEEK supported by クーリッシュ」が開催される。
Dream Amiは試合開始前の午後5時40分頃(予定)にセレモニアルピッチを行い、スタジアムを盛り上げる。球団を通じて「このような機会をいただき、とても嬉しく思います。当日は、マリーンズの選手の皆さん、ファンの皆さんへのエールの気持ちを込めて精一杯投げたいと思います」とコメントを寄せた。
千葉ロッテマリーンズは21日からマリーンズオンラインストア限定で吉井理人監督の通算100勝を記念したグッズの受注販売を開始すると発表した。
吉井監督は6月15日の中日戦(ZOZOマリンスタジアム)で監督通算100勝を達成。「試合が終わって、少しずつここまでの積み重ねの実感が湧いてきました。すべてはワシではなく選手、スタッフ、チームに関係する皆様の頑張りの積み重ねによって達成することができたと思っています。本当にありがとうございます。これからもワシが頑張っている皆様の邪魔をすることがないようにしてファンの皆様のためにマリーンズの白星を積み重ねていきたいと思います」とコメントを残している。
21日・ソフトバンク戦(みずほペイペイ)で先発するロッテ・小島がチームトップタイの5勝目を狙う。
前々回の4日・巨人戦は2回0/3を12安打11失点と炎上し、前回11日・DeNA戦も7回6安打4失点で自身2連敗中。「一球一球、気合を入れて投げます。レギュラーシーズン再開の大事なゲームですので、勝利に貢献できるよう頑張ります」と巻き返しを誓った。
日本野球機構(NPB)は20日、「フレッシュオールスターゲーム2024」(7月20日、18時、ウインク球場)の開催要項と出場推薦選手を発表した。
ロッテからは、田中晴也投手(20)、ドラフト1位・上田希由翔内野手(22)=明大=、ドラフト5位・寺地隆成捕手(18)=明徳義塾=が選出された。
3選手のコメントは以下の通り。
| 位置 | イースタン・リーグ選抜 | ウエスタン・リーグ選抜 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 監督 | 桑田真澄 | 巨人 | 73 | 松山秀明 | 福岡ソフトバンク | 74 | ||
| コーチ | 三木肇 | 東北楽天 | 88 | 小林宏 | オリックス | 89 | ||
| 西口文也 | 埼玉西武 | 74 | 高信二 | 広島 | 71 | |||
| 投手 | 京本眞 | 巨 | 99 | 21年育7位 | *前田悠伍 | 福岡ソフトバンク | 41 | 23年1位 |
| ☆*坂井陽翔 | 東北楽天 | 53 | 23年2位 | 前田純 | 福岡ソフトバンク | 167 | 22年育10位 | |
| *上田大河 | 埼玉西武 | 11 | 23年2位 | 佐藤一磨 | オリックス | 93 | 19年育1位 | |
| 森下瑠大 | 横浜DeNA | 36 | 22年4位 | ☆河野佳 | 広島 | 46 | 22年5位 | |
| *石田裕太郎 | 横浜DeNA | 54 | 23年5位 | 斉藤優汰 | 広島 | 47 | 22年1位 | |
| *細野晴希 | 北海道日本ハム | 29 | 23年1位 | *椎葉剛 | 阪神 | 26 | 23年2位 | |
| *松本健吾 | 東京ヤクルト | 28 | 23年2位 | *土生翔太 | 中日 | 48 | 23年5位 | |
| 田中晴也 | 千葉ロッテ | 35 | 22年3位 | 早川太貴 | くふうハヤテ静岡 | 41 | ||
| 上村知輝 | オイシックス新潟 | 11 | ||||||
| 捕手 | ☆安田悠馬 | 東北楽天 | 55 | 21年2位 | 吉田賢吾 | 福岡ソフトバンク | 64 | 22年6位 |
| *進藤勇也 | 北海道日本ハム | 33 | 23年2位 | ☆*堀柊那 | オリックス | 62 | 23年4位 | |
| ☆橋本星哉 | 東京ヤクルト | 93 | 22年育1位 | 木翔斗 | 広島 | 64 | 21年7位 | |
| *寺地隆成 | 千葉ロッテ | 65 | 23年5位 | 中川勇斗 | 阪神 | 68 | 21年7位 | |
| 内野手 | 中田歩夢 | 巨人 | 95 | 22年育4位 | *横山聖哉 | オリックス | 34 | 23年1位 |
| 滝澤夏央 | 埼玉西武 | 62 | 21年育2位 | *佐藤啓介 | 広島 | 94 | 23年育2位 | |
| *井上絢登 | 横浜DeNA | 55 | 23年6位 | *山田脩也 | 阪神 | 52 | 23年3位 | |
| 阪口樂 | 北海道日本ハム | 44 | 21年4位 | *津田啓史 | 中日 | 27 | 23年2位 | |
| *伊藤琉偉 | 東京ヤクルト | 67 | 23年5位 | *辻本倫太郎 | 中日 | 29 | 23年3位 | |
| *上田希由翔 | 千葉ロッテ | 10 | 23年1位 | |||||
| 外野手 | J.ティマ | 巨人 | 013 | 笹川吉康 | 福岡ソフトバンク | 44 | 20年2位 | |
| *中島大輔 | 東北楽天 | 32 | 23年6位 | 杉澤龍 | オリックス | 33 | 22年4位 | |
| 古川雄大 | 埼玉西武 | 33 | 22年2位 | 野口恭佑 | 阪神 | 97 | 22年育1位 | |
| 小池智也 | オイシックス新潟 | 7 | ブライト健太 | 中日 | 42 | 21年1位 | ||
| 増田将馬 | くふうハヤテ静岡 | 1 | ||||||
※出場者は(1)怪我等による辞退、(2)マイナビオールスターゲーム出場が決定した場合、は変更される。
ロッテは現在31勝27敗5分、首位・ソフトバンクと9ゲーム差の2位につける。21日からリーグ戦が再開するが、小野晋吾投手コーチに開幕から交流戦までのリリーフ陣を振り返ってもらい、今後についても語ってもらった。
ロッテのチーム救援防御率は3.68。守護神・益田直也、昨季44試合に登板して防御率1.25をマークした西村天裕、昨季38試合に登板した横山陸人がシーズン序盤にファーム落ち、昨季ブルペンを支えた坂本光士郎、東妻勇輔は開幕2軍スタート。さらにメジャー通算114試合に登板した実績のあるコルデロは、ここまで1軍登板がない。台所事情が苦しい中で、鈴木昭汰が今季ここまで25試合に登板して自責点0、21年優勝争いした時にセットアッパーとして支えた国吉佑樹は19試合に登板して防御率2.29の成績を残している。昨年から勝利の方程式を固定せず、複数の勝ちパターンで逃げ切る形を採用し、今いるメンバーをやり繰りしながら、星を拾っている。
5月14日のオリックス戦から6月1日の阪神戦にかけて15戦連続負けなしの期間があったが、この間、接戦が多く、リリーフ陣を多く使ったが、3連投した投手はなし。特に5月28日の週は引き分けが2試合、5月31日、6月1日の阪神戦も延長戦を制して勝利するなど、1週間6試合のうち4度延長戦を戦ったが、3連投、1週間に4登板以上した投手は1人もいなかった。
小野コーチは「そうですね、その辺は監督と相談しながらその中でうまく回していたんですけど、あれだけ延長が続くと苦しい台所事情の中でも中継ぎ陣が頑張ってくれて引き分けで終わることができていた。後半ちょっとみんなバテたというか、ガクッときたところが来たと思うんですけど、その中でもうまく回しながら入れ替えもしながら、(交流戦が)終わる間際は入れ替えをしながらできたのは良かったと思います」と振り返った。
ブルペン陣を支えていた岩下大輝が6月7日、中村稔弥が6月8日、澤田圭佑が6月10日が1軍登録抹消され、東妻、横山、澤村拓一、廣畑敦也などが1軍に上がってきた。交流戦終盤での1、2軍の入れ替えは、試したいリリーフ陣がいたからなのだろうか−。
「そういうのを含めて疲れが出てきていたというのもありますし、その辺を若手に限らず、東妻とかやってもらわないと困る選手を入れ替えてみたところですね」。
複数の勝ちパターンを採用する中で、4月19日の日本ハム戦ではビハインドゲームでの登板2試合いずれも1イニングをパーフェクトに抑えていた八木彬が3−1の7回に登板するもレイエスに一発、水野達稀に同点の適時三塁打を浴びた。6月12日のDeNA戦でも3−2の7回に登板した東妻が6失点を喫した。勝ち試合の7回に起用した八木、東妻は、その前の登板できっちりと抑えていた部分も加味しての起用だったのか。
小野コーチは「そうですね。やってもらわないと困る選手達なので、いい場面で投げていかないと経験値は上がらない。そういうところで結果を残せるピッチャーだと思って、こっちは任せたので、その中でちょっとやられましたけど、これを次の経験に活かしてもらわないと困る。そういう場面があったら、監督も若い選手を育てるために、どんどんチャレンジさせていきたいと話しているので、とにかくみんなでカバーし合って勝ちに繋げられるようにしていきたいですね」と明かした。
八木は降格後の取材で、「上でここ1番というところで三振が少なかった。そこのところ三振率を増やしていきたいなという感じです」と掲げた。八木だけでなく、菊地吏玖も「しっかり少ない球数で三振を取るというのは継続やっていきたい」と話すなど、ファームでプレーする選手達の多くが“奪三振”を口にする。
ファームに落ちる際、投手コーチ陣からファームで三振を多く取るようにと伝えているのだろうか−。
小野コーチは「監督も言われているのですが、ファームではとにかく狙って三振を取れるようにしてきて欲しいということは、常々仰っている。やっぱり勝負どころでしっかり勝負できる球もそうですし、狙って(三振を)取れるピッチャーになっていかないと、1軍では通用しないと思うので、そこは意識してやってくるようには常にファームに行く時に伝えていますね」と教えてくれた。
6月21日からリーグ戦が再開する。投手陣を中心とした守り勝つ野球で白星を重ねるチームカラーなだけに、リリーフ陣の出来、不出来が今後のチームの明暗を分けていきそうだ。
小野コーチは「データを取ったり、見極めながら、うまく回していきながら、勝ちにつながるようなゲーム作りをしていけるようにしていきますし、その中で誰か出てきて欲しい。それが若い選手だといいなと思います」と、今後に向けて若い選手の台頭を待ち望んでいる。
「(鈴木)昭汰も頑張っていますし、横山もやっとちょっと兆しが見え始めているので、去年まで頑張っていた澤田、西村、岩下、中村稔弥だったり、その辺に頑張って欲しいところがある。状態が上がってくれば、去年ぐらいの中継ぎでしっかり固まっていけると思うので」。
「勝ちパターンで投げるところが定まっていないところがある。その中で若手がグッと押し上げる選手が出てくれば。まだまだ競争して欲しいなと思います」。
今1軍にいるリリーフ陣に加え、ファームで調整中のリリーフ陣が戻ってきた時にはさらに層が厚くなるし、調子の良し悪しですぐに入れ替えも可能になる。1、2軍を含めて、レベルの高い競争がリリーフ陣のレベルがアップする。
ロッテの新外国人ネフタリ・ソトはここまでチームトップの36打点を挙げる。
6月11日から13日までZOZOマリンスタジアムで行われた古巣・DeNAとの3連戦。試合前練習の際には元チームメイトのオースティンや筒香嘉智と笑顔でハグ。「特別な話はなくて、今シーズン皆に会ったのが今日初めてだったので、今シーズン。オープン戦の時にベイスターズとの試合はあったんですけど、その時はまだ2軍で調整していたので。夏の挨拶として皆と話し合っていました」。初戦こそ試合出場がなかったが、打率.429(7−3)、1打点と打った。
ソトは打撃の状態について6月11日の取材で「最初より調子は落ちてるんですけど、やはりシーズンは長いので波もありますから」とコメント。
試合前の練習では、独自の打撃練習をしている。ティー打撃の時に脇にボールを挟んでからスイング。「肘があまり上がらないように、脇をちゃんと閉めてボールにスイングする、という意味でやっています」。フリー打撃では「あまり深い意味は無くて、アメリカからずっとそのルーティンでおもりが付いたバットを使っていて、ヒットや結果が出ているので続けています」と重りのついたバットを使って打っている。
21日からリーグ戦が再開する。ロッテは敵地でリーグ首位をひた走るソフトバンクとの3連戦。チームを勝利に導くソトの打棒に期待だ。
ロッテの中村奨吾はここまで58試合に出場して、打率.219、1本塁打、9打点と苦戦している。
今季に向けて「今年は内野の間であったり、外野の間であったり、しっかり抜けるような打球を打てるように下半身をもう1度鍛え直して、下半身を使って打てるように今は取り組んでいます」と、“下半身を使って打つ”ことをテーマに掲げ、練習を積み、開幕前の3月26日の取材では「最近は割といい感じでバッティングができていると思いますし、これをもっともっとレベルを上げていければいいかなと思います」と話していた。
開幕してからここまで、“下半身を使って打つ”ことは「継続して意識して取り組んでいます」とのこと。開幕直後の4月5、6日のオリックス戦では初球からノーステップ打法で打ったり、普段使用している茶色のバットではなく、白木のバットを使ったりしていた。それは、下半身を使って打つ一環の中で、ノーステップであったり、白木のバットを使用していたのだろうか−。
「タイミングがとりにくかったりというのがあったので、ノーステップにしたというのはありました。白木のバットは下半身と関係ないですね」。
4月終了時点で打率.188、5月の月間打率.227だったが、交流戦では打率.293(41−12)。5月29日のヤクルト戦から6月5日の巨人戦にかけて7試合連続安打をマークした。交流戦前の5月26日のソフトバンク戦では、2−0の6回無死走者なしの第3打席、藤井皓哉に対して2球で追い込まれるも、そこからボール球を見極め、ファウルで粘り、3ボール2ストライクから投じた9球目の127キロスライダーを見送り四球を選んだ。7試合連続安打中の5月31日の阪神戦では5打席で、阪神投手陣に31球を投げさすなど粘りの打撃が増えてきた。
中村は「打ちにいく中で球数が増えている印象ですかね。球数を投げさそうという意図で増えている訳ではないかなと思います」と教えてくれた。粘れている時は安打が増えている印象を受けるが、そこについても「打ちにいく中でファウル、粘りだったりが多いので、安打が出ているのは分からないですけど、しっかり打ちに行けているから安打に繋がるところもあるのかなと思います」と自己分析した。
中村はこれまでの取材で試合に出ることに対してこだわりを何度も口にしてきた。
昨年9月14日の取材では「出続けないと、試合に出てなんぼだと思いますし、何ていうんですかね、難しいですけどね。休むことは簡単だと思いますけど、試合に出る中でしかできないこともいっぱいあると思うので。そういった先輩方を見てきているので、怪我を押して出たりとか、連続試合出場している方を見て、そういう選手になりたいとと思ってやっていたのもありますし、試合に出る中で貢献しないといけないというのもあります」と熱い想いを明かしてくれた。
今季はここまでチームは63試合戦っているが、そのうちスタメン出場は51試合。途中出場が7試合、出場がなかった試合は5試合ある。試合に出続けることにこだわってきた中で、ベンチスタートの日はどういうことを考え過ごしているのだろうか−。
「試合前から試合に出ている時と変わらない準備もしますし、試合に出ていなくても自分だったらこういうことを考えながら打席に立つかなとか、状況とかを見ながら状況に応じたことを考えながら見ていることが多いですかね。展開とかを読みながら裏で準備をしたりとかはありますね」。
本拠地・ZOZOマリンスタジアムで行われた4月27日の楽天戦、5月19日の日本ハム戦、6月1日の阪神戦、6月15日の中日戦の試合前練習では、昨季まで主戦場にしていたセカンドでノックを受けていた。調べてみると、いずれもベンチスタートだった。それはチームに何かがあった時に試合に出られるようにするため、準備の1つとしてセカンドでもノックを受けているのだろうか−。
「そういう訳ではないですね。足を動かしての練習をしているだけです」。
今季から挑戦する三塁の守備についても「うまくいかないことの方が多いのかなと思いますし、難しさを感じる場面が多いのかなと感じます」と話す。
交流戦終盤から1軍に昇格した上田希由翔がバットで存在感を見せれば、11連勝中の期間は友杉篤輝、小川龍成の二遊間が機能し、若手の台頭が目立つ。チームが浮上していくためにも、中堅、ベテランの活躍は必要不可欠。その中で、昨年までチームキャプテンを務め、チームの中心として支えてきた中村奨吾にはもっともっとやってもらわなければ困る。
「結果を出すしかないと思います」。開幕からここまで攻守に苦しんでいるが、シーズンは残り80試合ある。どう始めるかではなく、どう終わるか。シーズンが終わった時にマリーンズファンから“やっぱり、中村奨吾は頼りになるよね”と言われるような活躍をこの先、見せて欲しい。
2014年から4年間、ロッテや巨人などでプレーしたルイス・クルーズ内野手は、メジャー時代はヤンキースやドジャースといった名門でもプレーした。Full-Countのインタビューに応じた元助っ人は、「絶対に打てない」と苦手にした投手との思い出や、守備のレベルの高さに驚いた選手らの名前を明かした。
久しぶりに名前を口にしただけで、思わず頭を抱えた。「マキタ…。当たらなかったよ」。それはアンダースローで数々の強打者を手玉に取った牧田和久投手だった。
牧田は2010年ドラフト2位で西武入り。2017年までを過ごしており、通算の対戦成績は打率.188だった。クルーズは「牧田がアップやキャッチボールを始めた瞬間『うわー、絶対に打てないな、変なバットを使ってやろうかな』というくらい。左打ちにした方がよく見えるんじゃないかと思ったこともあったよ。ホントニムツカシイ、ホントムリ!」と日本語を交えて顔をしかめた。
珍しい下手投げに「スライダーもキレがあるし、大きいカーブもあって内角にシンカーも来る。膝を見てタイミングを取ろうと思ったが、膝より下からボールが来るので、もうどこを見てどのタイミングで打てばいいのか分からなかった」とお手上げだったようだ。
2016年には大谷翔平投手と対戦し、当時最速だった163キロを打席で体感している。それでも「当時の彼は若かったし、苦手意識はなかった」と首を横に振る。クルーズにとっては、NPB通算345試合登板で55勝51敗、78ホールド、27セーブの変則右腕が残したインパクトの方が強烈だった。
また、感じていた日本野球のレベルの高さにも言及。「菅野智之、岸孝之、涌井秀章、彼らはメジャーに行く価値はあったと思う。どういう意思で日本に残ったかは分からないが、もし米国に行ってもある程度活躍できる能力を持っていたと思います。それくらい当時の日本、今もですがレベルが高くいい投手は多い」と太鼓判を押した。
名手にとっては日本選手の守備も興味深かった。「今宮健太、坂本勇人、菊池涼介、彼らは上手だし守備はメジャーでも通用すると思った。あとは僕が最後の年(2017年)に源田壮亮がルーキーで入ってきて、なかなか見る機会はなかったが『うまいな』と思ったのを覚えているね」。日本の才能を思い出すかのように、嬉しそうな笑顔を見せた。
初めて、その名を認識したのは高校1年生の時だった。千葉ロッテマリーンズの田村龍弘捕手は当時、大阪の親元を離れて青森の光星学院(現・八戸学院光星)で野球に打ち込む毎日を送っていた。光星学院は岩手の花巻東高と定期的に練習試合を行うなど相互交流があった。両校のグラウンドは、バスで片道3時間ほど。花巻東高のグラウンドで練習試合をしていたある時、1人の選手の名前が耳に入ってきた。
チームメートの1人が言った。
「花巻東の1年生に、めちゃくちゃ大きい選手がおるなあ」。
別のチームメートが続いた。
「投げても140kmを超えるらしいよ」。
田村はこの話を横で何となく聞いていた。同じ1年生にそんな選手がいるのか当時はそんな程度の認識だった。それが現在、ドジャースで活躍する大谷翔平の名前を初めて聞いた時の記憶だ。田村は言う。
「あの頃、大谷は内野を守っていた。たしかショートだったかな。1年生の頃はバリバリのレギュラーの印象ではなくて練習試合に出てくるぐらいだったと思う」。
一方、田村は1年生の時から外野でレギュラーとして活躍していた。大谷は練習試合で1日に2試合行うと、そのうちの1試合に出るか、出ないかという存在。ただ、そのプレーはハッキリと覚えている。
「1年の時の大谷は1試合目が終わって2試合目に出てくる感じだったかな。その時はあまり知らなかったけど、身体がデカいのに打撃も守備も器用だなあ、と思った。めちゃくちゃデカいのにショートとかを守っていて、上手かったです」。
2年生になると、大谷は投打でその名を広く知られる存在に変わり始める。そして田村もまた、「打てる捕手」として全国から注目を集める選手になっていた。
2人が公式戦で初めて対戦するのは2年秋の東北大会準決勝。大谷は3番レフトでフル出場し3打数2安打1打点。田村も2ランホームランを含む3安打4打点と活躍した。試合は大接戦の末、9対8で光星学院が勝利する。
捕手・田村の記憶に鮮明に残っているのは最終回の大谷の打席だ。
「バッティングがエグイというのは、もちろん分かっていました。その中で大谷をどう抑えるか。同点で迎えた最終回にライトポールを越える特大ファウルを打たれて、バッテリーで、これは打ち取るのは無理だという話をしました。ビビる、というか悟ったという感じ。『無理や。歩かそう。次の打者で勝負しよう』と四球で歩かせて後続を抑えて何んとか勝ったんです」。
当時を振り返り、懐かしそうに笑った。
結果的に花巻東高を準決勝で破った光星学院は東北大会で優勝。さらに神宮大会でも優勝した。バッテリーの冷静な判断で大谷を敬遠して、つかみ取った栄光であった。
田村はその頃から大谷とメールのやりとりを始めている。キッカケは花巻東高が練習試合の遠征で青森を訪れた際、光星学院の寮に泊まることになったこと。話をするようになり、お互いの連絡先を交換した。
さらに3年夏の甲子園大会後に参加したU18世界野球では、日本代表としてチームメートになった。田村は2年時に春夏と甲子園出場し夏は準優勝、3年時も春夏と甲子園出場してともに準優勝と大舞台で活躍し、大谷に負けじと高校野球界でその名が知られる存在となっていた。
「メールも頻繁にはやりとりはしていないけど、何度か連絡しました。ジャパンでは、そういうこともあってよく一緒にいたり、話をしたりしましたね。どうやって打っているのとかよく教えてもらった。野球の話ばっかりだったと思う」。
日本代表には同じ捕手に大阪桐蔭の2年生・森友哉(現オリックス)がいたこともあり、田村は捕手ではなく、三塁を守った。ブルペンも含めて投手・大谷の投球を受けることはなかったが、バッターとしては4番・大谷、3番・田村でクリーンアップを組んだ。世代最強が集う日本代表の中軸を2人で担えたことは、田村にとって今も誇らしい思い出として胸に残る。
「後輩とかには冗談で自慢しますね。ジャパンで3番オレ、4番大谷やぞ、って。これを言うとみんな『オオッ』となるし。プレーではないけど、覚えているのは韓国との試合後に大谷と2人で話をして、韓国の選手とバットを交換したこと。このエピソードはテレビでも紹介されましたね。そういうのも、今はいい思い出かな」。
高校時代、捕手・田村、打者・大谷としての間接的な対戦は何度かあったが、投手・大谷と対峙したのは1打席だけだった。3年生の時、光星学院のグラウンドで行った練習試合での対戦だ。結果はライトへの犠牲フライ。その思い出も鮮やかに記憶に残っている。
高校を卒業後、大谷はドラフト1位でファイターズへ、田村はドラフト3位でマリーンズに入団する。
「高校の時は同い年だし、同じ東北で練習試合も定期的に行っていたから交流もあって、ある程度は近い存在でした。プロに入った最初の頃も、同じタイミングで1軍の試合に出たこともあって、何とか負けないように頑張ろうと思っていた。ただ、プロに入って少し経つと、大谷はどんどん違う次元にいったので、その時ぐらいから同い年としてというより、プロ野球選手としてヤバいなあ、と思うようになりました。知らぬ間に単に“スゲえなあ”では済まされない存在になってしまった」。
試合で対戦すると、ファイターズの練習時間には大谷のバッティングにくぎ付けになっていた。
「ああ、大谷が打っているからちょっと見てみようって。やっぱりスゲえなあ、とその姿を見るのが楽しみな存在になっていました。高校時代は一切、そんな風に見ていなかったのに、気がついたら、そんな存在になっていた」。
プロの舞台で「投手・大谷」との対戦は通算5試合。プロ3年目の2015年は6打数無安打だったが16年には5打数2安打を記録している。17年に第2戦をZOZOマリンスタジアムで行われたオールスターゲームではパ・リーグ代表としてチームメートとなり、ロッカーやベンチで久々に話し込むなど“同い年”としての時間を楽しんだ。今、振り返るとじっくりと話をしたのは、それが最後。大谷は翌年、次なる夢を求め、アメリカに渡った。
大谷とはずっと、グラウンドで顔を合わせると必ず冗談を言い合う仲だった。お互いが冗談で「黙れや」とか「何やねん、オマエ」などと言いながらじゃれ合ったこともある。その彼が今やメジャーリーグのスーパースター。日本で知らない人はいないビッグネームだ。
「今、思うとそんなことを言っていたのが恐ろしい。『大谷様』と呼ばないとアカン。あの時はすいませんでした、って。ある意味、凄い事かなあとは思うけど」。
時間が経ち、舞台は移り、遠い存在になってしまったことに寂しさを感じながらも、同じ時代に白球を追いかけたことを誇らしくも思っている。
「色々な世代が凄いと言われる。でも、自分達の世代も凄い。メジャーだと大谷、鈴木誠也、藤浪晋太郎。日本でもタイガースなら近本(光司)とか大山(悠輔)、木浪(聖也)と各球団の主力を張っている。そこに自分も食らいついていきたい。
それこそ新聞とか雑誌で、『大谷世代』とかの表に自分の名前を載せてもらえるように頑張りたい。そういう立ち位置になりたい。頑張りたいと思う。直接的なつながりはなくても、同い年というだけでつながりを感じるし、意識はします。同い年というだけで話しかけてくれることもあるし刺激をもらえる。自分が成長するには絶対に必要な存在。自分も、もっともっとやらないとアカンなあと思うんですよ」。
田村はシーズン中にメジャーリーグの試合をテレビ観戦することはないが、ニュースやネットなどで大谷のホームラン映像を見るのを楽しみにしている。同じ時代、同じ場所で青春を過ごし、同じ夢に向かって汗を流した。今は海の向こうの存在にはなったが、あの時の思い出はしっかりと脳裏に残る。苦しい時、エネルギーをくれる存在であることは間違いない。
現在、大活躍する「大谷世代」の中でも、2012年ドラフトでプロの門を叩いた高卒のプロ入り選手に限ると、NPBに残っているのは田村だけだ。
「高卒がボクしかいないのは寂しい。やっぱり、中学、高校と同じ時代に名前を聞いた同じ年の選手が野球を辞めたと聞くと寂しいです。ただ最後まで残れていることは誇らしいような気持ちもあるし、その人達の分まで頑張らないとアカンなあという気持ちにはなる」。
田村は少し、神妙な表情だった。この世代の1人として、まだまだ最前線で戦うという目標に向かって突き進む決意がにじみ出ていた。
ZOZOマリンスタジアムでのホームゲーム。試合後に田村の姿はいつも室内練習場にある。ロッカーからバットを2本、肩に担いで打ちに行く。マシン相手に黙々とバットを振り、感覚を研ぎ澄ませる。通算1000試合出場まであと57試合。30歳、まだまだ老け込む年ではない。「大谷世代」−そう呼ばれる94年生まれの猛者達は、野球界の中心を生きている。